【商法・会社法】 商業使用人について・その2
今日は、以前述べた、ある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人についての投稿の続き。
前回述べたように、私は、今回の商法改正&会社法制定によって、「ある種類又は特定の事項の委任」という文言の意義に関する事実行為説を採用することは困難になったのではないかと考えている。
今日は、その理由付けについての投稿である。
■旧商法43条における事実行為説の論拠
旧商法43条
1項 番頭、手代其ノ他営業ニ関スル或種類又ハ特定ノ事項ノ委任ヲ受ケタル使用人ハ其ノ事項ニ関シ一切ノ裁判外ノ行為ヲ為ス権限ヲ有ス
2項 第38条第3項ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス
事実行為説の代表的論者の1人である神戸大の近藤光男先生は、大要、次のような論理で事実行為説を支持されていた。
1.必要性
取引の安全を図るためには、事実行為説を採用する必要性がある。
例えば、会社の営業部長Aと交渉を積み重ねたBがいるとする。
そして、Aは、会社から付与された権限に基づいて交渉に臨んでいるのであるから、代理権も会社から付与されているのだろう、とBは信頼するはずである。
とすれば、このBの信頼を保護する必要性がある。
つまり、「この営業部長には、契約交渉するという事実行為だけが与えられていたにすぎず、売買契約締結の権限が一切なというのでは、相手方の信頼を大きく損なうことになる」のである(近藤光男「商業使用人の代理権」『川又良也先生還暦記念 商法・経済法の諸問題』10頁以下)。
2.許容性
そして、事実行為説は、解釈の面でも、結論の妥当性の面でも不都合は無い(事実行為説を採用する許容性がある)。
即ち、事実行為説を採用しても営業主の利益を不当に侵害することにはならない。
何故ならば、この場合に問題となっている使用人は、単なる下級使用人ではなく、番頭・手代という一定の地位を有する使用人だからである。
そして、このような一定の地位を有する使用人に「営業に関するある種類又は特定の事項」を委任する場合には、実際に代理権も与えている場合が多い以上、このような場合に類型的に代理権を認めても必ずしも不当な結果になる訳ではないだろう。
■会社法&新商法
上記の論理は、旧法下では説得的であった。
特に、事実行為説を採用する必要性についての論証は説得力に富む。
しかし、解釈論においては、必要性が高ければ良いというものではない。
中山先生が述べられるように、
「法解釈とは、原則として法の予定した範囲内で、最良の解を求める作業」
(「財産的情報における保護制度の現状と将来」『現代の法 10 情報と法』〔岩波書店、1997年〕273頁)
なのである。
従って、解釈論は条文の文言から離れることはできない。
ところで、新商法・会社法は、「番頭、手代」という文言を削除し、商法24条1項・会社法14条1項の適用範囲を広く使用人一般にまで拡大したのである。
そして、このように適用範囲が拡大された商法24条1項・会社法14条1項において事実行為説を採用すると、商法24条1項・会社法14条1項の適用が認められる範囲は極めて広くなってしまう。
「法律行為の権限の委任に限らず単に取引の勧誘、契約条件の交渉事務の委任でも足りるとする……解釈の当否は疑わしい。どのような下級の商業使用人であっても、取引の勧誘を営業主から禁じられているものが果たして存在するであろうか」(江頭憲治郎「商社の係長の代理権とその制限」ジュリ914号190頁)
という、江頭先生の指摘がまさに妥当してしまうのである。
とすれば、現行法下では、事実行為説を支持することは困難になったのではないか。
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コメント
商業使用人の事実説と代理権説に関して
11条で使用人のトップである支配人の権限を、15条でボトムであるコンビニアルバイトの権限を決め、残る中間層について14条が決めた、と考えると、14条の中間層を部課長などに限定する代理権説では、結局、大部分を成す役付きでない中間層の権限が不明のまま放置されることになりませんか。
事実説をとれば、確かに江頭先生ご指摘のようにほぼ全員が入ってしまい「委任を受けた」と限定した意味が希薄となりますが、わざと漏れのないように広くしたのが14条、ともいえるのではないでしょうか。
余程不都合な場合に、「委任を受けていない」ことを立証して取引の無効を主張できる余地を残す目的の限定文句とは考えられないでしょうか。
投稿: イガ | 2009年10月21日 (水) 21:42
イガさん,コメントありがとうございます。
まず,拙い私見を御覧いただきまして,ありがとうございました。
次に,「結局、大部分を成す役付きでない中間層の権限が不明のまま放置されることになりませんか。」という点についてですが,確かに,ご指摘は的を射ていると思います。つまり,条文上,中間層の権限は不明になると思います。
ですが,14条はあくまで取引の実態をフォローするものであり,14条から議論を出発させる必要は無いのではないか(14条が無くても事実レベルで中間層の権限がある程度判明する事例の方が多いのではないか),と私は考えております。
また,「余程不都合な場合に、『委任を受けていない』ことを立証して取引の無効を主張できる余地を残す目的の限定文句とは考えられないでしょうか。」という点につきましては,取引の実態的判断として,そもそも,14条をそこまで拡大して適用する必要があるのか,拡大しなければ不都合があるのか,という点にやや疑問を感じます。
拙い内容で申し訳ないのですが,以上,取り急ぎ,ご返事申し上げました。
投稿: shoya | 2009年10月23日 (金) 08:30