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2006年9月20日 (水)

【民法】 債権者が瑕疵ある種類物を目的物として選定した場合は「特定」なのか?

先日、瑕疵ある種類物の引渡しは 「特定」か?という記事を投稿しましたが、それに関連してBonさんから質問を頂戴しましたので、今日は、 その質問について一言。

 

……但し、Bonさんの質問は瑕疵担保責任論や、危険負担論などと関連しており、議論がかなり複雑です。本稿は、 その議論の一端を垣間見せるものに過ぎません。

 

 

 

■質問内容

質問内容を要約すると、次のとおりです。

 

1. 上記の投稿で、「種類物債権の履行として瑕疵ある物が引き渡された場合、有効な『特定』 は認められない」と述べているが、これは当事者が合意して目的物を選定した場合(401条2項後段)にも妥当する命題なのか?(※注1

 

2. 一方で、401条2項後段の場合は債権者が選定行為に関与しているので、有効な「特定」 が認められるという考えも成り立ちうるとも考えられる。

 

3. しかし、他方で、種類債権の場合は「瑕疵無き種類物を引き渡す義務」 が売主に課されていると考えれば、これらの場合も有効な「特定」は認められないという帰結になるとも考えられる。

 

4. また、そもそも店頭から特定の商品(代替可能物)を選んで売買契約を締結した場合、それも種類物売買となり、 瑕疵物では有効な「特定」がないと考えて良いか?

 

上記質問のうち、4.はやや気色の異なる質問なので、条文と定義について述べた後、まず、 4.から検討したいと思います。

 

※注1
通説によれば、401条2項の特定の方法には3種類あります。即ち、債務者が特定する場合、指定権者の指定によって特定する場合、債権者・ 債務者の合意によって特定する場合です。

ただ、これは講学上の分類であって、条文に即して考えれば、 債務者が特定する場合(401条2項前段) と合意によって特定する場合(401条2項後段) の2つの場合だけを考えれば良い、と考えられます。

何故ならば、指定権者が債務者・ 第三者の場合は2項前段と同様に考えれば良いですし、指定権者が債権者の場合は2項後段と同様に考えれば良いからです (奥田昌道編『新版注釈民法(10) I 債権(1)債権の目的・効力 (1)』(有斐閣、平成15年)246頁以下〔金山正信・直樹〕)。

 

 

 

■条文

401条 【種類債権】

1項
債権の目的物を種類のみで指定した場合において、 法律行為の性質又は当事者の意思によってその品質を定めることができないときは、債務者は、中等の品質を有する物を給付しなければならない。

 

2項
前項の場合において、債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し、 又は債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは、以後その物を債権の目的物とする。

 

 

 

■定義

特定とは、 種類債権において給付目的物を具体的に確定することを言う(奥田昌道『債権総論〔増補版〕』〔悠々社、1992年〕 42頁)。

 

種類債権とは、 「ビール1ダースとか小麦100キロといったように、一定の種類に属する物(種類物。不特定物とも言う)の一定数量の引渡しを目的とする債権」を言う(潮見佳男『債権総論〔第2版〕 I 』〔信山社、2003年〕 55頁)。

 

特定物債権とは、 「特定物の占有の移転(引渡し) を目的とする債権」を言う(前掲・ 潮見51頁)。

 

特定物とは、 「物の個性に着目して定められた債権の客体」を言う(大村敦志『基本民法III 債権総論・担保物権〔第2版〕』〔有斐閣、平成17年〕 11頁

 

そして、通説によれば、特定物か種類物かは当事者の主観によって区別されるのに対し、 代替物か不代替物かは取引通念によって区別されます前掲・ 潮見55頁以下、前掲・大村11頁)。

 

 

 

■検討・ その1

4. また、そもそも店頭から特定の商品 (代替可能物)を選んで売買契約を締結した場合、 それも種類物売買となり、瑕疵物では有効な「特定」がないと考えて良いか?

 

「店頭から特定の商品(代替可能物) を選んで売買契約を締結した場合」という言葉の意味が必ずしも明確ではありませんが、 代替可能な特定物を目的とする売買契約を締結した場合という意味であれば、 その契約は特定物売買契約であり、 種類物売買契約ではありません

 

何故ならば、その契約は特定物を目的としているからです。定義からすれば当然とも言えます。

 

従いまして、その契約は特定物売買契約である以上、従来の瑕疵担保責任の議論がそのまま妥当します。

 

 

尚、余談ですが、予備校などの瑕疵担保責任における法定責任説の論証で483条を根拠条文として挙げているものがあります (例えば、このブログ 〔http://blogs.yahoo.co.jp/maxwellder/1145703.html〕        の方は、その旨の記述をされています

 

確かに、かつてはこのような見解が主張されました。

ですが、これはおかしい、という見解が現在では有力です(前掲・大村12頁、前掲・潮見52頁など)。

 

何故ならば、そもそも、483条は、「履行期」 における現状で特定物を引き渡す義務を定める規定として定められたものだからです。

換言すれば、483条は論理必然に法定責任説の根拠条文になるものではありません。

 

 

 

■検討・ その2

1. 上記の投稿で、 「種類物債権の履行として瑕疵ある物が引き渡された場合、有効な『特定』は認められない」と述べているが、 これは債権者が目的物を選定した場合(401条2項後段)にも妥当する命題なのか?

 

結論から言うと、 近時は妥当しないという見解が有力です。

 

 

まず、立法者である梅先生がそのように考えておられました(梅先生のご見解については、前掲・金山247頁以下参照)。

 

また、債務者による特定 (401条2項前段) と、合意による特定(同条項後段) はその法的意味を異にするものだ、という見解が有力に主張されています(北居功「売主瑕疵担保責任と危険負担との関係(1)~(4)」慶應義塾大学法学研究69巻5号、 6号、8号、9号〔平成8年〕 )。

 

即ち、401条2項前段は、 債務者の特定という一方的行為によって債務者を給付危険から解放することを認めています。

 

従いまして、その「一方行為性のゆえに、瑕疵ある目的物では種類債務は特定せず、債務者は瑕疵なき物の給付義務を負い続ける」 ことになります(松岡久和「民法学のあゆみ」法時70巻6号123頁 〔平成10年〕。これは、北居先生の上掲論文のレビューです)。

この点については争いはありません。

 

 

他方、401条2項後段は、債権者・ 債務者の双方の関与のもとに債務者を給付危険から解放することを認めています。

つまり、401条2項後段が適用される場合は、債権者・債務者双方の合意のもとで目的物が選定され、給付されている訳です。

 

そのため、債権者・債務者双方の合意のもとで瑕疵物が給付された場合には、

 

「買主も、 引き渡された個物を種類売買の客体として承認するという行為を自らの意思に基づいてした以上、なんらかの意味で給付目的物の品質に関する 『給付危険』(完全な給付がなされなかったことによる不利益)を負担しなければならないという法政策的な判断を下すことはありうる選択肢である」 (潮見佳男『契約各論 I 』〔信山社、2002年〕 208頁

 

という考え方が説得的に主張され得ます。

つまり、このような場合には、種類債権の「瑕疵無き種類物を引き渡す義務」が後退すると考えられるのです。

何故ならば、当事者がその後退についてまさに「合意」しているからです。

 

 

そして、例えば、北居先生は、当事者の合意によって瑕疵物が選定・給付された場合であっても、その給付行為は「合意」 に従ったものであって、直ちに不完全履行になる訳ではないとされます(具体的には、その「合意」について錯誤を主張できる場合は無効になるが、錯誤が無い場合―― 契約適合性を承認した場合――には特定が認められ、以後は瑕疵担保責任論に移行する、とされます)。

 

 

また、例えば、潮見先生は、

 

「種類売買において瑕疵ある個物が引き渡された場合の給付危険の移転については、給付危険(の一部) を引き受けるにふさわしい買主の意思的行為、すなわち『客体としての承認を意味する意思的行為』としての『受領』に着目するのが適切である」 。

 

「これは、 『客体性承認』を伴う『受領』があれば、民法401条の意味での給付対象(『客体』 の『特定』があったと考え、 これ以後は570条の瑕疵担保責任の特別規律を優先的に適用するというものである」(以上につき、前掲・潮見『各論』208頁)。

 

と述べられます(但し、 潮見先生は不完全履行としての評価を否定する訳ではありません)。

 

 

以上、大雑把に学説を紹介致しました。

 

ただ、私自身の誤解や不適切な表現等もあるかと思います。そのような場合にはご指摘・ご高批を頂ければ望外の喜びです。

 

 

 

■関連する拙稿

【民法】 483条の意味
http://etc-etc-etc.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_5274.html

 

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コメント

早速の詳細なご投稿、ありがとうございます。2点ほど気になる点がございましたので、ご返答いただければ幸いです。


まず、4.についてですが、私が想定していた場面は、普通のスーパーやデパートで、買主がある特定の商品をレジを通して購入した(売買契約を締結し、即時に引渡しを受けた)場合です。(意図が伝わりにくい表現ですみませんでした。)

この場合、結論として瑕疵担保責任の問題となることには問題なさそうですが、理論的に考えると、(1)特定物売買と考える見解と、(2)すでに目的物が特定された種類物売買と考える見解がありうると思います。いずれの見解が一般的(もしくは誤り)なのでしょうか?

特定物売買か種類物売買かは当事者の主観によって区別されるとのことですので、目的物の客観的性質による差異(同一規格製品の多数存在する機械製品と厳密には同一規格の物が二つと存在しない農作物・手工芸品との差異)は、その区別には影響せず、当事者がその個性に着目して目的物として選んだのであれば特定物売買ということになりそうですが、大量生産された商品を選ぶ場合、個性に着目して目的物を選定しているかは疑問が残るところではあります。そして、なんとなく上から3冊目の書籍を選んでレジにもっていった場合、それが「物の個性に着目」しているといえるのかは疑問なしとはいえません。とすると、特定の物を指定して売買契約を締結した場合でも、それは特定物売買ではなく、すでに特定行為のなされた種類物売買と解する余地も十分あるように思います。

もっとも、形式的に考えて、契約締結時点で目的物が唯一具体的な物に定まっている場合(目的物がthe/this computerの場合)は特定物売買で、契約締結時点では抽象的な概念にとどまっている場合(a computerの場合)は種類物売買というのも、ありうる考え方とは思います。


1.~3.は、大変分かりやすい解説でした。

ただ、判例は、不特定物売買において、目的物受領後であっても、「瑕疵の存在を認識した上で…履行として認容した」場合を除いて、完全履行請求権を有している(「特定」の効果は生じず、給付危険は債務者が負担する)としています(最判昭和36年12月15日)。

確かに、債務者の一方的行為による「特定」がなされる場合には、瑕疵ある目的物であっても種類債務が特定し、給付危険を免れるとするのは妥当ではありません。

しかし、債務者の給付を債権者が受領することによって、その「特定」に債権者の同意が与えられたものと同視することが可能です。

とすると、少なくとも受領後は合意によるt特定の場合と同様の扱いをすることが要請されることになると思います。

それでは、前述の昭和36年最高裁判決と整合性を図るためには、合意による「特定」がなされた場合であっても、なお完全履行請求権を失わないと解すべきということになるのでしょうか?

投稿: Bon | 2006年9月21日 (木) 01:35

はじめまして。初めてコメントさせていただきます。以前から貴ブログを拝読しているものです。よくできていると思い、プリントアウトしたいのですが、範囲指定をしてプリントがしずらい状態です。なにか適切な方法等あればご教示お願いいたします。
その他、近刊である佐久間物権、民事・事例総合演習、可能であれば担保物権の代表的な書籍について書評等お願いできますでしょうか。民執・保全の良い基本書についてもなにかございましたお願いいたします。
自分が調べた範囲では、中野先生の著書、アルマ、読み物としては瀬木先生が最近上梓された書籍が時には小説風に描かれており、興味がそそられるものです。
刑事訴訟法の令状実務、実務講義労働法といった隠れた名著をご紹介いただいて貴ブログを読んでいて良かったと思っています。
リクエストばかりで恐縮ではあります。

投稿: Nakata | 2006年9月21日 (木) 03:48

Bonさん、コメントありがとうございます。
返答については、少々お待ち下されば幸いです。


Nakataさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

有効なプリントアウトの仕方は、残念ながら存じ上げておりません。
ただ、各記事の固定リンクをクリックしますと、その記事だけが表示されるはずですので、それで多少は範囲指定できるのかもしれません。

佐久間先生の基本書、民事・事例総合演習については、入手次第、何らかのコメントをする予定です。
民事・事例総合演習は京大ローで用いられている教材と大差は無いと思いますが……。

担保物権などにつきましては、近日中に記事を投稿したいと考えております。

投稿: Shoya | 2006年9月22日 (金) 07:02

>>この場合、結論として瑕疵担保責任の問題となることには
>>問題なさそうですが、理論的に考えると、(1)特定物売買
>>と考える見解と、(2)すでに目的物が特定された種類物売買と
>>考える見解がありうると思います。いずれの見解が一般的
>>(もしくは誤り)なのでしょうか?


いずれか一方が正しいという訳ではないと思います。

Bonさんご自身が既に仰っているように、それは当事者の意思次第、契約の内容として当事者が何を盛り込んでいたのか、という問題に帰着します。


>>なんとなく上から3冊目の書籍を選んでレジにもっていった
>>場合、それが「物の個性に着目」しているといえるのかは
>>疑問なしとはいえません。とすると、特定の物を指定して
>>売買契約を締結した場合でも、それは特定物売買ではなく、
>>すでに特定行為のなされた種類物売買と解する余地も十分
>>あるように思います。


この事例の場合、買主は個性に着目していないと考えるのが恐らく、通常です。
ですから、特定行為のなされた種類物売買に該当すると考えられます。

特定物売買であるか否かは、「特定の物を指定」したか否かではなく「特定の物の個性に着目したか」によって決定されます(但し、ここで言う「個性」とは何か、という問題は突き詰めると難しい問題ですが)。


>>それでは、前述の昭和36年最高裁判決と整合性を図るため
>>には、合意による「特定」がなされた場合であっても、
>>なお完全履行請求権を失わないと解すべきということに
>>なるのでしょうか?


そのように考えることもできます。
例えば、北居先生はその流れに属するご見解ではないかと思います。


ただ、瑕疵担保責任の法的性質の問題は大変議論が錯綜していますので、もしご興味があれば、潮見先生の体系書や森田先生の論文集などを御覧下さい。

投稿: Shoya | 2006年9月22日 (金) 20:58

ご回答ありがとうございます。
ちょっと話は変わりますが、ここでポストするか迷ったのですが、刑法の佐久間
先生が各論を上梓されました。
私は西田各論を使っていましたが、書研+佐久間各論に乗り換えようか検討中です。ご指摘のように西田先生の各論は美文であることもオススメ要因であると思うのですが、佐久間本はこの点いかにという感じです。

佐久間物権についても当方も速やかに入手しようかと思います。

投稿方法が適切でないならば、そのようにご指摘ください。記事そのものへのコメントでないのですいません。メールの方がよろしければそのようにします。

投稿: Nakata | 2006年9月22日 (金) 21:18

詳しいご回答ありがとうございます。ここ数日鬱積していた疑問が氷解いたしました。また余裕があれば、ご指摘の論文にでも目を通してみようかと思います。

お手数をおかけいたしました。

投稿: Bon | 2006年9月23日 (土) 08:36

>>Nakataさん

お返事が遅れまして、申し訳ありません。

まず、阪大の佐久間修先生の刑法の基本書ですが、残念ながら、私は内容を拝読したことがなく、コメントできる立場にございません。

お役に立てず、申し訳ないです。

執行法につきましては、上原敏夫=長谷部由起子=山本和彦『民事執行・保全法〔第2版〕』(有斐閣、2006年)、いわゆるアルマが無難ではないかと思います。


担保物権につきましては、近日中に別稿でお話したいと思いますが、担保物権に特化した単著の基本書でしたら、道垣内先生のものか、高木多喜男先生の本が良いと思います。

但し、どちらの先生も特徴ある自説をベースにして述べられている部分がありますので、初めて勉強する際にお使いになられるのであれば、若干注意が必要かもしれません。

投稿: shoya | 2006年9月25日 (月) 18:18

お返事ありがとうございます。
固定リンクの件ですが、記事だけ閲覧ができない^^;のですが。これは致し方ないかもしれませんね。
執行法は中野民事執行・保全もしくはアルマのいずれかにしようかと思っていたところです。

投稿: Nakata | 2006年9月27日 (水) 00:31

Different people in the world receive the loans from various banks, because this is easy.

投稿: CORTEZ35Liza | 2012年5月28日 (月) 19:49

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