【民法】 瑕疵ある種類物の引渡しは「特定」か?
先程、「特定」について説明したが、それに関連した論点を1つ。
即ち、種類物債権の履行として瑕疵ある物が引き渡された場合、「特定」は認められるのか? という論点を今回は取り上げる。
但し、潮見先生が端的に指摘されるように、
「瑕疵ある種類物の引渡しが特定と評価されるかは、もっぱら『種類売買において瑕疵のある個物が引き渡されたとき、物の瑕疵担保責任 (民法570条)の規律によって処理されるであろうか』という問いの中に取り込まれて論じられてきた」 (潮見佳男『債権総論〔第2版〕 I 』〔信山社、 2003年〕59頁以下)
ことに注意する必要がある(尚、本稿の問題については、潮見・ 前掲書61頁以下に簡潔にして要を得た説明がある)。
つまり、学説では、
「種類物中の不完全な物に特定したとき、その特定が有効で特定物債権となり(※ 引用者注1)、 民法570条の瑕疵担保責任で不完全性が補償されるべきか、あるいは、そもそもその種の特定は効力を生ぜず。 いまだ特定しない種類債務の履行遅滞(改めて債務の本旨に従った履行の目的にふさわしい物に特定し直す) と取り扱うべきか」(林良平〔安永正昭補訂〕 =石田喜久夫=高木多喜男『債権総論【第3版】』〔青林書院、1996年〕42頁〔林・安永〕 )
という形で問題にされることが多いのである。
※注1
別稿で述べたように、この表現は厳密には不正確であろう。
■条文
401条2項 【種類債権】
前項の場合において、債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し、
又は債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは、以後その物を債権の目的物とする。
■定義
特定とは、 種類債権において給付目的物を具体的に確定することを言う(奥田昌道『債権総論〔増補版〕』〔悠々社、1992年〕 42頁)。
そして、特定の主たる効果は、給付危険からの解放である。
ここに、給付危険とは、「給付目的物が滅失した時にその物の引渡債務が消滅しないという危険」、 「完全な給付がなされなかったことによる不利益」を言う。
■代表的な法定責任説の論者による説明
この問題について、法定責任説の代表的論者である我妻先生や柚木先生は、種類物債権の履行として瑕疵ある物が引き渡された場合、有効な「特定」 は認められない、とされる。
但し、両先生は、明示的にこのようなことを述べられている訳ではない(少なくとも、私は、明示的に述べらている文献を知らない。ご存知の方がおられれば、 ご教示頂きたい)。
つまり、両先生は、種類物債権の履行として瑕疵ある物が引き渡された場合は、 特定物債権についての特則である瑕疵担保責任を適用する必要は無く、不完全履行としての債務不履行責任――瑕疵修補請求権、代替物請求権―― を追及すれば良い、 ということを述べられているだけである。
即ち、種類物の給付を目的すとる種類債権の場合は、 「瑕疵無き種類物を引き渡す義務」が売主に課されている。
換言すれば、種類債権の内容は、特定物債権のように「この物」の給付をすれば足りる、というものではない。
何故ならば、種類債権には特定物ドグマや原始的不能ドグマが作用しないからである。
従って、瑕疵ある種類物を引き渡したとしても、それは「債務の本旨に従った履行」(415条)ではない。不完全履行である。
よって、買主は、瑕疵修補請求権や、代替物請求権を追及することができる。
以上の理を「特定」という観点から再構成すると、次のとおりである。
即ち、我妻先生や柚木先生は、この場合、買主は瑕疵修補請求権・代替物請求権を追及することができる、とされるが、瑕疵修補請求権・ 代替物請求権を追及できるということは、給付危険からの解放が認められていないということを意味する。
そして、特定の主たる効果は給付危険からの解放である。
特定がされていれば、給付危険からの解放が認められる以上、その対偶命題として、給付危険からの解放が認められていないのであれば、特定がされていない、 ということが導かれる。
従って、我妻先生や柚木先生は、種類物債権の履行として瑕疵ある物が引き渡された場合、有効な「特定」 は認められない、と考えられていることが分かる。
つまり、両先生は、特定の有無は客観的に定まると考えておられるのである。
■債務者の承認の有無からのアプローチ
他方、学説では、従来から、特定の有無は債務者の承認によって決すべきである、とする見解が主張されている (近時の有力説もこの旨を主張するが、 本稿ではそれは取り扱わない)。
例えば、前掲・林〔安永〕=石田=高木42頁以下は、判例をベースにして次のように主張する。やや長いが引用する。
最判昭和36年12月15日民集15巻11号2852頁は、「 『債権者が瑕疵の存在を認識した上でこれを履行として認容し債務者に対しいわゆる瑕疵担保責任を問うなどの事情が存在すれば格別、 然るざるかぎり』、なお完全に給付ができる、つまり、種類債権の特定は行われない、としている」。
これは「履行として認容すれば、特定し、 特定物として570条の瑕疵担保責任の追及により、債権者の利益の保障がされる、ように読める」 。
「しかし、 受領の際に瑕疵を認識していることを要求している(その意味では隠れていない)。とすれば、受領後、隠れた瑕疵に気づいたときには、完全な給付の請求ができ、 遡って特定しなかったことにならざるを得ない。少なくとも、一旦点検して履行として認容した上は、 特定物として瑕疵担保責任の追及にとどまる、という方向へ判例は固まるべきではないかと考えられる」。
つまり、前掲・林〔安永〕=石田=高木42頁以下は
「不完全な物の選定も、 債権者がそれを給付の客体として承認して受領したときには、有効な選定であり、 以後、特定物債務に変わる。あとは瑕疵担保責任の問題として処理すればよい。逆に、 債権者がこれを給付の客体として承認しない場合には、特定はされていないのであって、 種類債務の債務不履行(不完全履行) として処理すればよい」(潮見・前掲書62頁。 太字は引用者)
と主張しているのである。
従って、この見解による場合、種類物債権の履行として瑕疵ある物が引き渡された場合、有効な「特定」 が認められる余地がある、ことになる。
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コメント
Gakです。いつも当blogをご覧になって頂き、ありがとうございます。
「瑕疵ある物は特定しない」
というテーゼがよく言われ、そういう記述のある教科書に出会うこともあります。
しかし、昔からこれにはひっかかりを覚えておりました。
(私も法定責任説の代表的論者である我妻教授が、「瑕疵ある物は特定しない」と明示的に記述している部分は見たことがありません)
そんな中、貴殿の記事を拝読し、論理がクリアになった次第です。
厳密には、
「瑕疵ある(種類)物の場合は、特定がないときと同じ法的処理となる」
と表現するのが正確だと思っていますが、いかがでしょうか。
投稿: Gak | 2006年9月17日 (日) 18:58
Gakさん、コメントありがとうございます。
Gakさんが仰られている命題は
「瑕疵ある(種類)物が引き渡されても、特定がないときと同じ法的処理となる」
という文意でしょうか? もし、そうだとすると、個人的にはやや違和感を感じます(このような文意で無い場合は、お許し下さい。以下の記述は戯言とお考え下さい)。
重箱の隅をつつくような違和感で大変恐縮なのですが、「瑕疵ある(種類)物が引き渡されても」という部分は、既に、一定の特定向けられた行為が為されることを前提としています。
しかし、「特定がないとき」という部分だけを取り出してみますと、その中には、凡そ特定行為が一切されていない場合も含まれています。
つまり、命題の前半と後半が矛盾する場合が、語感として私には感じられてしまうのです。
勿論、含意は理解できるのですが、表現方法としてはもう少し、言葉を修正した方が良いような気がするのですが、如何でしょうか?
ただ、最初にも述べましたように、そもそも、Gakさんの文意が「瑕疵ある(種類)物が引き渡されても、特定がないときと同じ法的処理となる」というものではない場合、上記の愚考は全くの的外れです。申し訳ありません。
ご寛恕の程をお願い申し上げる次第です。
投稿: shoya | 2006年9月17日 (日) 20:16
shoyaさん、コメントありがとうございました。
ご指摘の通り、私の
「瑕疵ある(種類)物の場合は、特定がないときと同じ法的処理となる」
という説明は、誤解を招き、不適切な表現でした。申し訳ありません。
(誤解を生む表現は、表現した者に責任がありますので、貴殿ではなく私に責任があります)
しかし、やはり
「瑕疵ある物は特定しない」
のテーゼには疑問を感じています。
ご指摘の通り、代表的通説の我妻先生などは、そのような表現をしておりません。
「瑕疵ある物は特定しない」というテーゼをあえて持ち出す必要はあるのか、そもそも正しいのか、未だに考えている次第です。
自分のblogでも、いずれ取り上げたいと思っています。
投稿: Gak | 2006年9月17日 (日) 22:13
Gakさん、コメントありがとうございます。
確かに、「瑕疵ある物は特定しない」という命題は――予備校などで有名な命題ではありますが――その有用性によく分からないところがありますね。
貴稿を楽しみにしております。
投稿: shoya | 2006年9月17日 (日) 22:20
shoyaさん、早速のコメントありがとうございました。
「瑕疵ある物は特定しない」というテーゼは、完全に間違ったものではないと思うのですが、その理由付けを押さえる必要があると考えます。
(その「理由付け」は、貴殿が整理された通りだと思います)
ただ、「瑕疵ある物は特定しない」というテーゼだけが1人歩きすることは危険だと考えます。
貴殿の記事から色々考えさせられました(私がどれだけ理解できたかは別問題ですが)。感謝します。
投稿: Gak | 2006年9月17日 (日) 22:30
いつも興味深く拝読させていただいております。今回が初投稿です。以後お見知りおきを。
「種類物債権の履行として瑕疵ある物が引き渡された場合、有効な『特定』は認められない」
とのことですが、これは債権者が目的物を選定した場合にも妥当する命題といえるのでしょうか?
401条2項は、全て債務者が選定行為を行う場合を規定していますが、債務者が目的物を選定する場合のみならず、債権者が目的物を選定(指定)する場合(例えば、契約締結後に、店頭で商品を指定する場合)や、債権者と債務者が合意により目的物を選定する場合(例えば、契約締結後に、店頭で直接商品を引き渡す場合)も考えられます。
これらの場合(特に前者)は、債権者が選定行為に関与しておりますので、有効な「特定」が認められるという考えも成り立ちうるかと思うのですが、種類債権の場合は、「瑕疵無き種類物を引き渡す義務」が売主に課されていると考えれば、これらの場合も有効な「特定」は認められないという帰結になるのでしょうか?
また、そもそも店頭から特定の商品(代替可能物)を選んで売買契約を締結した場合、それも種類物売買となり、瑕疵物では有効な「特定」がないと考えてよいと思いますか?
以上、shoyaさんのご意見をお聞かせいただければ幸いです。
投稿: Bon | 2006年9月20日 (水) 08:08
Bonさん、はじめまして。そして、コメントありがとうございます。
私の意見ではないのですが、学説などの状況につきまして、拙稿を投稿致しましたので、もし宜しければ御覧下さい。
etc-etc-etc.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_49b9.html
投稿: shoya | 2006年9月20日 (水) 20:59