【経済法】 体系的思考について
今日は、経済法(独禁法) の体系的思考についてほんの一言。
■はじめに
東大の白石忠志先生の『独禁法講義〔第3版〕』(有斐閣、平成17年) 74頁に以下のような指摘があります(ちなみに、白石先生のご見解は必ずしも判例・ 通説という訳ではありませんが、理論的に明快な部分が多く、個人的には最も説得力を感じています)。
「整然とした法体系は、研究者の自己満足のためにあるわけではなく、 ブレのない明快な法運用の母胎となる。独禁法のように必ずしも法的な思考の整理が行き届いていない分野においては、 特に重視すべきことである」
これは非常に重要な指摘だと思います。
法解釈では、数学をはじめとする、いわゆる「理系」科目と異なって、明確な理論体系が構築されていることはそれ程多くありません (例外的な存在は刑法などでしょう)。
これは、解釈学が広い意味での社会科学の一分野である以上、不可避なことだとは思います。
ですが、だからと言って、体系的思考を蔑ろにして良い訳でありません。
ある問題に直面した時に、一定程度、機械的に答えることができるということは実務家としても、研修者としても必要なことだと思います。
また、今、自分が直面している問題が、「当該法律のどの分野に属しているか」、「どの条文のどの文言の意義に拘わっているか」 ということを明確に意識できることは、解釈学にとって、とても重要です。
何故ならば、本ブログでも繰り返し申し上げているとおり、解釈学では「まず、条文」だからです。
条文こそが、解釈学で言うテキストだからです (法解釈学の淵源の1つは、聖書の解釈学にあると言われています)。
■私的独占における「排除」と「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」
ところで。
独禁法3条前段は私的独占行為を禁止していますが、独禁法を学ばれた方はご存知のように、 私的独占には支配型と排除型の2種類があります。
これは、2条5項の定義規定からも分かります。
独占禁止法 2条5項
この法律において「私的独占」とは、事業者が、単独に、又は他の事業者と結合し、若しくは通謀し、 その他いかなる方法をもつてするかを問わず、他の事業者の事業活動を排除し、 又は支配することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。
そして、この「排除」行為の定義については次のような説明が一般に為されています。
「『排除』とは、他の事業活動を継続困難にし、または新規参入を困難にする行為である」 (金井貴嗣=川濵昇=泉水文雄『独占禁止法〔第2版〕』〔弘文堂、平成18年〕138頁)
実は、この定義が、先程申し上げた体系的思考と関連します。
上記のとおり、私的独占に該当するためには「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」(2条5項)が必要です。
そして、この競争の実質的制限の有無の判断と、「排除」の定義内容に言う「他の事業活動を継続困難」 該当性の判断は重複する部分があります。
「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」とは、市場支配力を形成・ 維持・強化することを意味します。
そして、市場支配力とは、 「競争自体が減少して特定の事業者又は事業者団体がその意思である程度自由に価格、品質、数量その他各般の条件を左右すること」 (東京高判昭和28年12月7日行集4巻12号3215頁〔東宝・新東宝事件〕) を言うと一般に考えられています。
従いまして、この重複を体系的にどのように処理するかが問題となります。
この問題については、判例・学説で明確に答えが出ている訳ではありません。
ただ、学説では、「排除」が行為要件における判断であり、「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」 が弊害要件における判断であることを踏まえて、「排除」要件の判断は一定程度形式的に行い、「競争の実質的制限」 の判断は実質的に行うという体系が一部で提示されています。
私は、この考え方が妥当であると思います。
ちなみに、上記の考え方は、刑法において、構成要件該当性はある程度形式的に行い、 違法性の有無の判断は実質的に行うという体系と同様の思考を採ることを意味します。
従いまして、このような思考体系を採ることの意義につきましては、刑法の体系書に譲りたいと思います。
■まとめ(?)
……何やら、とりとめの無い投稿内容になってしまいましたが、結局、申し上げたかったことは以下の2点です。
第1点は、法解釈論においても体系的思考は重要であるということです。
第2点は、私的独占の「排除」と「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」の判断は重複することもあるが、 両者は体系的に別々の機能を果たすものと捉えるべきではないか、ということです。
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