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2006年11月25日 (土)

【民法】 536条1項の効果はどのように発生するのか?

今日は質問を受けたので、536条1項の効果の法的性質について、一言。

 

私は、質問を受けるまでこの問題について考えたことが無かった。

また、この問題について正面から説明した判例・学説も目にしたことが無い(もし存在する場合、どなたかご教示頂ければ幸いです)。

 

そのため、今回の記事には私見に基づく部分も含まれる。ご注意頂きたい。

 

 

■条文

536条1項 【債務者の危険負担等】
前2条に規定する場合を除き、 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、 反対給付を受ける権利を有しない。

 

 

■問題の所在

今回の問題は、元々は、次のように質問された。

 

(1)  B大学が、H大学のA教授との間において、 B大学で講演をしてもらうという契約を締結した。

 

(2)  B大学が代金をA教授に支払った(弁済した)後に、大地震が発生して大学の建物が滅失し、 A教授の講演債務が履行不能になった。

 

(3)  基本書などによると、この場合、536条1項が適用され、 B大学の代金支払債務も消滅することになる。

 

(4)  だが、B大学が代金をA教授に支払った時点で、B大学の債務 (A教授の債権)は満足を受けて消滅しており、 改めて消滅するということはないはずである。536条1項の効果は遡及的に発生するのか?

 


| ……契約締結

| ……B大学が代金支払い

| ……大地震発生(講義債務が履行不能に

 

確かに、536条1項が定める債務者主義については、通常、次のように説明される。

 

「A・B間の双務契約で、 Bの債務がBの責めに帰すことのできない事由(たとえば、 大地震など)により履行不能となったとき、 Bの債務は消滅します。このとき、論理的には、(1)Aの債務も消滅するという処理と、(2) Aの債務は存続するという処理を考えることができます。(1)の考え方を、 債務者主義と言います。 というのは、この場合、不能となった債務の債務者Bがリスクを引き受ける結果となるからです」(潮見佳男 『債権各論 I 』〔新世社、2005年〕26頁 )。          

 

そして、上記の潮見先生の説明にもあるように、536条1項が適用されると、直接的に履行不能になっていない債務―― ここではAの債務――は「消滅」する。

 

しかし、この「消滅」についての説明はされていない。

 

では、この「消滅」という効果はどのように発生するのか?

遡及的に発生するのか? それとも、将来に向かって発生するのか?

 

 

■説明

結論から言うと、私は、536条1項の効果は、 一方債務が履行不能になった段階で将来に向かって発生すると考える(勿論、異論はあり得る)。

 

そして、既履行債務は原状回復義務に転化し、 未履行債務も原状回復に転化する(但し、 履行不要のため消滅する)と考える。

 

要するに、これは解除の法的性質における原契約変容説と同じ考え方である原契約変容説については山本敬三 『民法講義IV-1』〔有斐閣、2005年〕194頁以下参照)。

 

私が上記のように考えた理由は、遡求効が発生する旨を定めた規定は無いし、また、 そのように考える必要性もない、という点にある。

 

そもそも、536条1項の効果として求められる効果は、未履行債務の消滅と、既履行債務の回復である。

そして、求められる効果がこれだけである以上、わざわざ遡及的構成を採用する必要性は無いはずである。

 

確かに、「危険負担制度と(履行不能)解除制度は、 同じ場面を対象とするものであり、機能的にも反対債務の消滅を基礎づけるという点でまったく同じである」(前掲・山本127頁以下)。

 

従って、判例・伝統的通説が、解除の法的性質について直接効果説を採用している以上、 536条1項においても直接効果説と同様に遡及的構成を採用すべきとも思える。

 

しかし、危険負担と解除が同じ場面を対象とし、かつ、同じ機能を発揮する制度であるとしても、 論理必然に両者の法的性質を同様に考えなければならないわけではない。

 

むしろ、民法が、同じ場面を対象とし、同じ機能を発揮する制度を敢えて複数用意したという点に鑑みれば、 両者の法的性質や要件は異なるものと考えても良いはずである。

 

また、536条において遡及的構成を採用したとしても、メリットは何も無い。

むしろ、理論的な説明に苦しむだけである。

 

他方、原契約変容説のように考えれば、従来の判例(大判明治35年12月18日民録8輯11巻100頁など)をすっきりと―― 契約の効力の消滅という問題を回避して― ―説明することができる。

 

従って、私は、536条1項の効果は、 一方債務が履行不能になった段階で将来に向かって発生すると考える。

 

 

……以上、愚考を書き述べましたが、問題点などは多々あると思います。ご高批をお待ちしております。

 

 

【追記】

melancholyさんから頂いたコメントに示唆されて、不当利得法の文献を確認した結果、四宮和夫『事務管理・不当利得・ 不法行為 上巻』(青林書院、昭和56年)139頁注(一)が、 536条1項の効果は将来に向かって発生する旨を述べていました。

 

ですから、上記拙稿の考え方は、少なくともあり得る見解のようです。

再読の機会を与えてくださったmelancholyさんに感謝致します。

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コメント

突然の投稿,失礼します。

>他方、原契約変容説のように考えれば、従来の判例をすっきりと説明することができる。

の件ですが,「従来の判例」というからには,具体的な判決をいくつか挙げるべきでは?と思いました。

また,従来の判例を,どのように「すっきりと」説明することができるかの記述もなく,若干舌足らずの印象を拭えません。

続稿を期待しております。

投稿: melancholy | 2006年11月27日 (月) 20:00

的確なコメント、ありがとうございます。

そうですね。ご指摘のとおり、舌足らずですね。

少なくとも代表的な判例の紹介はすべきだと思います。

つきましては、本稿に加筆するなり、別稿を用意するなりして、改めてご説明させて頂く予定です。

ご指摘、ありがとうございました。

投稿: shoya | 2006年11月27日 (月) 23:26

> melancholyさん
簡単ではありますが、記事を修正致しました。

投稿: shoya | 2006年11月28日 (火) 16:00

早速の修正,痛み入ります。

さて,記事の内容面に関連してですが,山本教授の説明(山本敬三『民法講義IV-1』〔有斐閣、2005年〕143頁)は,原契約変容説,遡及的構成のいずれをとっていると考えられているのでしょうか。

また,私は,条文上「債務者は,反対給付を受ける権利を有しない。」となっていることから,反対給付を既に受けている場合には,権利を有しないにもかかわらず給付を受けたことになり,既に受けた給付を不当利得として返還すべきということになる,という説明が,条文解釈という面では一番素直だと思っていますが,いかがでしょうか。

投稿: melancholy | 2006年11月29日 (水) 07:06

> melancholyさん
コメントありがとうございます。

まず、敬三先生が536条1項の効果についてどのようなお考えに立っているかは、残念ながら、山本敬三『民法講義IV-1』(有斐閣、2005年)143頁からは窺い知ることはできません。

次に、536条1項の解釈は、melancholyさんが仰るように考えるのが文理上、最も素直だと私も思います。


では、536条1項の効果が発生するとどのような論理で、「権利を有しないにもかかわらず給付を受けたこと」になるのでしょうか。つまり、どのような論理で「法律上の原因」が無かったことになるのでしょうか。

瑣末な問題かもしれませんが、これを考えてみたのが上記拙稿です。


ちなみに、536条1項を適用した結果として認められる不当利得は、「目的消滅による不当利得(condictio ob causam finitiam)」であると考えられています(谷口知平=五十嵐清編『新版 注釈民法(13) 債権(4)』〔有斐閣、平成8年〕587頁〔甲斐道太郎〕)。

ここに、目的消滅による不当利得とは、「一旦は給付に有効な法律上の原因が存在したが、後にその原因が欠落した場合の不当利得返還請求」を言います(藤原正則『不当利得法』〔信山社、2002年〕77頁)。


そして、調べてみて初めて分かったのですが、この不当利得の文献で、536条1項の効果は将来効であるとしているものがありました。

四宮和夫『事務管理・不当利得・不法行為 上巻』(青林書院、昭和56年)139頁注(一)です。

投稿: shoya | 2006年11月29日 (水) 21:45

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