【民法】 信義則の使い方 ――当てはめの基礎
今日は、信義則(1条2項) の使い方について一言。
■条文
1条2項 【基本原則】
権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
■定義
信義則とは、「人は当該具体的事情の下において相手方 (契約その他特別関係に立つ者)から一般に期待される信頼を裏切ることのないように誠意をもって行動すべきである」 (四宮和夫『民法総則〔第4版〕』〔弘文堂、昭和61年〕 30頁)という原則を言う。
■説明・ その1 ――機能
元々は債権法に妥当する原理であった信義則は、現在ではかなり広い領域で適用されている。
このように、信義則は様々な場面で用いられるようになったため、その内容・機能が曖昧なまま記憶されていることが多い。
しかし、学説によれば、信義則の機能は主として以下の3つであると考えられている(佐久間毅 『民法の基礎1 総則』〔有斐閣、2005年〕394頁)。
第1は、「ある問題について既存の法理が存在するが、その法理の内容を具体化する必要がある場合」 である。
これは、一般に規範の具体化と言われる機能である。
この機能が実際に登場した判例としては、例えば、 金銭債務の弁済にほんの少しだけ金額が不足していた場合に抵当権抹消登記や弁済の受領を拒絶することは許されないとした大判昭和9年2月26日民集13巻366頁、 最判昭和41年3月29日判時446号43頁がある。
第2は、「既存の法理による処理が妥当でない場合に、 その法理を修正するために信義則が用いられる」場合である。
これは、一般に規範の修正と言われる機能である。
例えば、契約締結から長期間経過した後に当該契約の無効を主張する場合がこれに当たる。
第3は、「問題処理のための法理が存在しない場合に、信義則により解決が図られる場合」である。
これは、一般に規範の補充と言われる機能である。
例えば、事項完成後に自認行為をした援用権者が援用をすることができなくなる場合がこれに当たる(最判昭和41年4月20日民集20巻4号702頁)。
※ ちなみに、上記3つの機能が働く場面は、 いずれも答案で問題提起をする必要がある場面と一致する(答案における問題提起については下記拙稿参照)。
【法律学の基礎】
答案の問題提起と条文
http://etc-etc-etc.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_a81b.html
これは、信義則は、 法律が機能不全に陥った場合に登場する原理であることからすれば当然である。何故ならば、法解釈は、 法律が機能不全に陥った場合にこそ必要とされるものだからである。
■説明・ その2 ――当てはめ
以上のように、信義則には広範な問題処理機能があり、また、様々な場面で適用が許される「便利な」法理である。
そのため、答案では、「直感的に」用いられることが多い。
例えば、「……と考えると結論が妥当ではないので、…… とすることは信義則上許されない」というような記述である。
しかし、 このような表現は結論の言い換えに過ぎない。
このような直感的な信義則の適用は「Aだから、Aだ」と言っているに等しく、構造的に反論可能性の無い記述である。
これは法解釈とは言えない。単なる主張・要望である。
また、ここまで「直感的」ではないものの、次のような記述も少なくない。
即ち、「本問では、第1に……という事情があり、第2に……という事情があり、第3に……という事情がある。従って、本問では、 信義則上……と解すべきである」。
これはその問題の具体的事情を拾い上げ、それに基づけば信義則上このような結論が導かれるはずだ、という構造をしている点で、 先程の記述よりは優れている。
しかし、このような表現には論理の飛躍がある。
法解釈の基礎中の基礎だが、解釈論における論証は原則として三段論法に則る必要がある。
三段論法 -
Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%AE%B5%E8%AB%96%E6%B3%95
つまり
1. Aに当たるならば、Bである
2. そして、CはAに当たる。
3. 従って、CはBである。
という論理を辿る必要がある。このとき、Aが規範、Bが結論、Cが事実である。
「C (事実) → A(規範) → B (結論)」
そして、先程の「……と考えると結論が妥当ではないので、…… とすることは信義則上許されない」という記述は、 CやAを素っ飛ばして、いきなりBの結論を提示しているに過ぎない。
この記述は、 「B!」と言っているだけである。
また、「本問では、第1に……、第2に……、第3に……という事情がある。従って、本問では、信義則上……と解すべきである」 という記述は、規範たるAが抜けている。
この記述は、 「C → B」と言っているだけである。
これらの問題を解決する方法は単純である。
即ち、「C(事実) → A(規範) → B(結論)」という論理を辿るように記述をすれば良いだけである。
ただ、信義則では、このA(規範)を提示することが難しい。
他の一般的な条文であれば、
「○○という文言の意義が不明確であるために問題となる。そもそも、同条の趣旨は……という点にある。従って、○○は…… と解すべきである」
……という解釈を展開することが比較的容易だが、信義則ではこのような解釈をすることは困難である。
そのため、信義則を用いる際には、信義則の特殊形として既に画定している法理をA(規範) として用いることが多い。
即ち、矛盾挙動禁止の原則(禁反言の原則)、 権利失効の原則(一般悪意の抗弁)、クリーン・ ハンズの原則、事情変更の原則などである。
これらの原則が妥当する場合に、信義則の適用が認められることに争いは無い。
従って、例えば、
「本問Xは、一方では……という行動をし、他方では……という行動をしている。
これらの行動は……という点で両立しない行動であり、矛盾挙動である。
従って、本問Xの請求は、矛盾挙動禁止原則に抵触するので、信義則上許されない」
というような論証をすることになる。
繰り返しになるが、解釈論における論証は原則として三段論法に則る必要がある。
通常の条文を適用する場合も、信義則を適用する場合も、どちらも解釈論としての論証を行なう必要がある。
従って、どちらでも三段論法に則る必要がある。
ちなみに、この最後の記述も三段論法である。
■関連する拙稿
【法律論の基礎】 類推適用
http://etc-etc-etc.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_a0f2.html
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