【余談】 「継続は力なり」
先日、というか、正月の間に、遅ればせながら梅田望夫=平野啓一郎『ウェブ人間論』(新潮社、新潮新書193、2006年)を読了しました。
■著者のお二人について
MochioUmeda.com
http://www.mochioumeda.com/
平野啓一郎 -
Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E9%87%8E%E5%95%93%E4%B8%80%E9%83%8E
■書評
404 Blog Not Found:書評 -
ウェブ人間論
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50711443.html
小野和俊のブログ:ウェブ人間論を献本いただいたので早速読了。
そして感想。
http://blog.livedoor.jp/lalha/archives/50143420.html
本書は、梅田さんと平野さんの対談が収録されているのですが、その中に印象的な文章がありました。
著者の梅田さんが、棋士の羽生善治さんの言葉を紹介している場面です。
「梅田 羽生さんに言わせると、将棋の場合でも、 とにかく情報量が圧倒的になっているということなんです。彼の仮説は、『情報の量がいずれ質に転化する』ということらしいんです」 (171頁)
この「量がいずれ質に転化する」という主張は、羽生さんの持論です。
例えば、以前、当ブログでもご紹介いたしました羽生善治『決断力』(角川書店、2005年)の第5章のタイトルは「才能とは、 継続できる情熱である」となっています。
【余談】 羽生善治著『決断力』
について
http://etc-etc-etc.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_b0bf.html
そして、第5章では、継続することの重要性が繰り返し主張されています。
「以前、私は、才能は一瞬のひらめきだと思っていた。しかし今では、十年とか二十年、三十年を同じ姿勢で、 同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている」(170頁)。
「継続できる情熱を持てる人のほうが、長い目で見ると伸びるのだ」(170頁)。
「報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続してやるのは非常に大変なことであり、私は、 それこそが才能だとおもっている」(171頁)。
「プロらしさとは何か? と問われれば、私は、明らかにアマチュアとは違う特別なものをもっており、その力を、 瞬間的ではなく持続できることだと思っている」(194頁)
「継続は力なり」という箴言にもありますように、継続性は多くの場面で「力」の差異化をもたらします。
例えば、名チェリストのパブロ・ カザルスは、その生涯を通じて大変な努力家だったと言います。
「ある記者がパブロ・カザルスに尋ねた。
『カザルスさん、 95歳になられて、歴史上最年長のチェリストになられたわけですが、今でも1日6時間も練習なさるのはなぜですか』カザルスの答えはこうだ。
『今でもうまくなっているからですよ』」
(ジョン・ C・マクスウェル〔齋藤孝・訳〕『夢を実現する戦略ノート』〔三笠書房、2005年〕 126頁)。
ビジネスの場合も、継続が差異を生み出します。
例えば、人気ブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」 のDainさんは、次のように仰っています(太字は引用者)。
わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: イマドキのアフィリエイト
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2007/01/post_9bef.html
「アフィリで成功するために求められているものは、才能や技術ではなく、『誰にでもできることを、 誰にもできないくらい継続する力』だという。ビジネス全般にも同じことがいえるのではないかと」
しかし、この「継続すること」は非常に困難です。
例えば、羽生さんご自身も前掲・『決断力』の中で次のように述べられています。
「同じことを何十年と貫くには、大変な精神力と意志の強さが必要だ。それはそれですごいことだ」(189頁)。
要するに、確かに、「継続は力なり」と言えます。
ですが、私が思うに、そもそも、一定の事柄を簡単に継続できる人は潜在的に「力」を持っている人です。
ある種の天才と言っても良いかもしれません。
ただ、この種の天才はそう滅多にいません。
羽生さんも、イチロー選手も、自らの強い意思でも自らを律したからこそ、継続することができた訳で、この種の天才ではないと思います。
結局、多くの人にとって、継続することが困難であるからこそ、「継続」が「力」たり得るのです。
では、「継続」するにはどうすれば良いのでしょうか?
私は、以下の2つが重要だと考えています。
1. 今すぐやること
2. 師を見つけること
よく「やればできる」と言われます。
教育の現場でも用いられることがある言葉でしょう。
これは美しい言葉ですが、この社会では、できる人はやっています。
むしろ、私自身は「やればできる」という言葉よりも、その裏返しである「やらなきゃできない」という言葉の方が好きですし、 有用だと思います。
結果を不本意なものにしている最大の原因――誤解を恐れずに言えば、凡人を凡人たらしめているもの――は、 無知ではなく無為です。
「継続」を実現することによって、「力」を得たいのであれば、結果を変えたいのであれば、今すぐ行動しなければなりません。
「やらなきゃできない」のです。
継続の第一歩は、今すぐやること。
私はそう思います。
但し、「継続」を実現するには、当然ですが、「今」やるだけでは足りません。
そのためには、師を見つけることが大切だと私は思います。
ここに言う「師」とは、あなたの手本になる人だけではなく、あなたに達成感や評価を与えてくれる人も含みます。
あなたの手本になる人は、あなたという車を導いてくれるハンドルであり、ガソリンです。
「上達を根底から支えるのは『あこがれ』である。これがなければ、上達に勢いはつかないし、 そもそも上達することの喜びが生まれてこない」
「藤子不二雄が手塚治虫にあこがれたように、あこがれが根底にあれば、上達の意欲は湧き続ける。『あこがれ』や『志』 のスケールが器の大きさだとも言える」。
(齋藤孝 『「できる人」はどこがちがうのか』〔筑摩書房、2001年〕
10頁)。
「つき合う相手が成功に向かって積極的に努力する人なら、彼らが何に価値を見出し、何を重要だと考えているかを知ろう。 そうすれば、あなたの成長に対する意欲がかき立てられ、より堅固なものになる」。
(前掲・『夢を実現する戦略ノート』141頁)。
あなたに達成感や評価を与えてくれる人は、あなたという車のガソリンスタンドです。
羽生さんは小学生2年生の頃から将棋道場に通い始めたそうですが、その道場での修業について、次のように述べられています。
「その道場では普通8級からスタートするのだが、そのときに席主がつけてくれたのが15級である。 私が幼かったこともあるだろうが、実力よりも低いところからスタートして、 昇給していく楽しみを与えたほうがいいという席主の配慮であった」。
「将棋にかぎらず習い事は、自分が少しずつでも進歩しているのがわかると継続できるが、足踏みし上達しないと嫌になってしまう。 『上達する』という喜びが、”次の目標”に向かう頑張りになるのではなかろうか。私は15級から、 道場に通うごとにクラスが上がっていった」。
「今考えると、目標への達成感が、私を将棋の世界へ没頭させるきっかけの1つになったと思う」。
(前掲・『決断力』174頁)
量はいずれ質に転化します。
継続は力をもたらします。
師を見つけ、今すぐやれば、今日が変わります。
今日が変わり、明日が変わり、「毎日」が変わっていけば、人生が変わります。
継続は人生をも変えるのです。
「ちいさいことをかさねることが、 とんでもないところに行くただひとつの道」
(「夢をつかむイチロー262のメッセージ」編集委員会 『夢をつかむイチロー262のメッセージ』〔ぴあ、2005年〕74頁
)
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