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2007年5月17日 (木)

【民法】 代理権濫用に関する最高裁の立場について

今日は、時々、質問を受ける代理権濫用に関する最高裁の立場について、一言。

 

 

 

■定義

代理権濫用とは、「代理人が、代理権を有する事項について、自己または本人以外の他人の利益を図るために代理する場合」を言う(佐久間毅『民法の基礎1 総則〔第2版〕』〔有斐閣、2005年〕273頁)。

 

 

 

■判例の立場

周知のとおり、判例は、大審院の時代から一貫して、代理権濫用の問題を93条但書の類推で処理している。

 

「代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法93条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とする」(最判昭和42年4月20日民集21巻9号2727頁)。

 

 

 

■最高裁の論理

最高裁は、代理権濫用に対して93条但書を類推適用する理由を明示していない。

 

ただ、学説では、一般に最高裁は次のような論理を採用していると理解されている。

 

「代理権濫用の場合も、代理人は、本人に法律効果を帰属させる意思(代理意思)をもって、その旨の表示(顕名)をしている。しかし、実質的に考えれば、この場合の代理人は、本当は自己又は他人の利益をはかるつもりで、本人のためにすることを表示している。そこに、心裡留保に類似した状況をみてとることができる」(山本敬三『民法講義 I  第2版』〔有斐閣、2005年〕379頁)。

 

 

 

■内田先生の説明

これに対し、独特の説明をされるのが東大の内田先生である。

 

ここでは、本人Y、代理人A、相手方をXとする。

 

A ―― X

 

「代理人(A)は代理行為の効果を本人(Y)に帰属させる意思を持っているから、これを心裡留保というのは奇妙な感じがする。これは次のように考えうるだろう。すなわち、YとAを一体として見ると、〔Y=A〕はその真意(想定されるYの意思)に反する意思表示を行ったといえる。そこで、相手方が「真意」を知っているとき、つまりAの行動がYの利益に反し、代理権の濫用だと知っているとき、または知りうべかりしときは、Aの意思表示の効果はYに帰属しないとしたのである」(内田貴『民法 I 第3版』〔東京大学出版会、2005年〕144頁)。

 

内田先生のご説明は、あり得る見解だが、最高裁の論理についての一般的な説明ではない

 

むしろ、このような説明をされるのは内田先生だけではないか、とも思われる。

内田先生の”教科書”は非常に分かりやすい名著だが、ここの記述に関しては注意が必要である。

 

 尚、会社法で内田先生と同様の説明をされるものとして、山田廣己「取締役会決議を経ない取引の効力」江頭憲治郎ほか編『会社法判例百選』147頁がある。

 

 

 

■最高裁の構成に対する批判

最高裁の93条但書類推適用という構成に対しては、これまた周知のように批判が強い。

 

現に、前掲・最判昭和42年4月20日の裁判長裁判官を務められた大隅先生ご自身が、反対意見で次のように述べられている。

 

「多数意見は、この場合に心裡留保に関する民法93条但書の規定を類推適用しているが、いうまでもなく、心裡留保は表示上の効果意思と内心的効果意思とが一致しない場合において認められる」。

 

「しかるに、代理行為が成立するために必要な代理意思としては、直接本人について行為の効果を生じさせようとする意思が存在すれば足り、本人の利益のためにする意思の存することは必要でない。したがつて、代理人が自己または第三者の利益をはかることを心裡に留保したとしても、その代理行為が心裡留保になるとすることはできない」。

 

 

そして、練達の法曹である最高裁判事の方々や、調査官の方々がこの問題に気づいていないはずはない。

 

では、それにも拘らず、何故、最高裁は93条但書という構成を採用したのか?

 

その理由についても、大隈先生は反対意見で述べられている。

 

「おそらく多数意見も、代理人の権限濫用行為が心裡留保になると解するのではなくして、相手方が代理人の権限濫用の意図を『知りまたは知ることをうべかりしときは、その代理行為は無効である、』という一般理論を民法93条但書に仮託しようとするにとどまるのであろう」。

 

 

この説明は、現在の学説でも指摘されており、例えば佐久間先生は次のように述べられる。

 

「判例が93条但書を類推するのは、代理人のした意思表示の本人への原則的効果帰属、相手方に悪意または過失ある場合の例外的効果不帰属という結論を導くのに、93条が最も適しているからだと思われる」(前掲・佐久間275頁)。


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