【憲法】 プライバシー権についての覚書？

今日は、時々質問を受けるプライバシー権について、一言。

※　本稿とは関係の無い話ですが、以前、 ご質問を頂いた ｉ さん。質問事項についてはまだ調べ中です。もうしばらくお待ち下さい。

プライバシー権は、憲法だけでなく、民法や刑事訴訟法などでも登場するので学生の皆さんにとってはお馴染みの（＝基礎知識がある） 権利だと思うが……。

■定義

プライバシー権の定義については争いあるものの、佐藤先生は次のように述べられる。

プライバシー権とは、 「個人が道徳的自律の存在として、自ら善であると判断する目的を追求して、他者とコミュニケートし、 自己の存在にかかわる情報を開示する範囲を選択できる権利」を言う（佐藤幸治『憲法　〔第３版〕』〔青林書院、平成７年〕４５３頁以下）。

言い換えれば、

「自己に関する情報をコントロールする権利」 である（前掲･佐藤４５５頁）

である。

■根拠条文

憲法１３条

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、 公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

■プライバシー権が１３条で人権として認められる根拠

周知のように、このプライバシー権は１３条を根拠として認められると解されている。

では、何故、１３条で保障されていると言えるのか？　

その理由については、学説上次のように説明されている。

まず、代表的な論者である佐藤先生は次のように述べられる。

「プライヴァシーの権利は、人間にとって最も基本的な、愛、 友情および信頼の関係にとって不可欠の環境の充足という意味で、まさしく『幸福追求権』の一部を構成するにふさわしいものといえる」から （前掲・佐藤４５４頁）。

また、野中先生は次のように説明される。

「もともと個人の尊重の原理から要求されるものは、 個人の自律的な社会関係の形成を尊重することである。そして、自律的に形成される領域は、 本来公権力や第三者によって干渉されてはならない領域であるから、それらが、その領域の情報に立ち入ることも許されないということになる。」 （野中俊彦＝中村睦男＝高橋和之＝高見勝利『憲法 Ｉ （第３版）』〔有斐閣、平成１３年〕２５５頁〔野中俊彦〕）。

更に、別角度からの説明としては次のものがある（佐藤先生の説明と類似している部分もあるが、 根本的な部分では異なるものと考えられる）。

「プライバシーの権利は、立憲主義が目指す多様な価値の共存と、 そこから導かれる、生活領域を公私で区分することの重要性からも基礎づけられる、社会の根幹になる重要な権利です。 個人が自由に自分の考え方に従って生きる空間が保障され、自分が大事だと思う情報を自分が選ぶ人とだけ分かち合う。このことは、 自分が選ぶ人と自分の選ぶ程度の親密な人間関係を構成するという、重要な権利の基盤をなしていますが、 これはプライバシーが保護されなければありえません。」（ 長谷部恭男＝杉田敦『これが憲法だ！』〔朝日新聞社、朝日新書０１４、２００６年〕１４２頁）。

したがって、誤解を恐れずに端的に言えば、

社会的生物たる個人を尊重するには、 自律的な社会関係の形成を可能にする必要があるから

プライバシー権は１３条で保障されているということになる（尚、 長谷部先生のご見解の場合は異なる説明になると考えられる）。

■プライバシー権が認められる「場面」

上記の根拠から分かるように、原則としてプライバシー権は、

「自律的な社会関係の形成」場面

「自分が選ぶ人と自分の選ぶ程度の親密な人間関係を構成する」場面

でのみ認められれば充分な権利と考えられる（もちろん、拡大の余地はある）。

換言すれば、プライバシー権は「私的な空間」 で行使されることを本来的に予定した権利と考えられる。

※　このことを考えれば、 刑訴において公道での写真撮影が強制処分に当たらないと一般に解されている理由が理解しやすいのではないかと思われる。

一般に、公道で人が行動する場面は、自律的な社会関係を形成する場面ではない。

したがって、そもそも、公道で行動する場面は、 プライバシー権が行使されることを本来的に予定した場面では無い以上、プライバシー権の保障の程度は低下すると考えられる。

したがって、プライバシー権は、公的な空間においてはその保障の程度が低下することになる。

つまり、

社会が正当に関心を持つ事項についてはプライバシー権の保障の程度は低下する

ということである。

ただ、問題は、

どのような空間が「公的な空間」に当たるのか？

社会が正当に関心を持つ事項とは何か？

を判断することが難しいという点にある。

■１３条の捉え方

以下の記述は、プライバシー権と言うより、幸福追求権たる１３条についての余談的な説明である。

１３条を包括的権利として理解したり、使用したりする文脈においては「人格的自律」という言葉がしばしば登場する。

例えば、佐藤先生は、１３条の法的性格の説明の箇所で次のように述べられる。

１３条「後段の『幸福追求権』は、前段の『個人の尊厳』原理と結びついて、 人格的自律の存在として自己を主張し、そのような存在であり続ける上で必要不可欠な権利・ 自由を包摂する包括的な主観的権利であると解される」（前掲・佐藤４４５頁）。

そして、個人を尊厳するとは、「一人ひとりの人間が『人格』 の担い手として最大限尊重されなければならないという趣旨」である（前掲・佐藤４４４頁）。

要するに、

個人は「人格」の担い手であるからこそ尊重される必要がある。とすれば、 その人格を全うするために（人格的自律を実現するために） 必要な権利は保障されている必要がある。それが１３条である。

という論理である。

そして、以上の論理展開から分かるように、この論理の核心は「人格」にある。

では、それを全うするために様々な人権が付与される「人格」とは何か？　人格的自律とは何か？

この問いに答えようとすると、恐らく、「人格」＝実践理性、「人格的自律」 ＝実践理性の自律というカントの立場に行き着くのではないかと思われる。

ここから先は私の専門外であり、付け焼刃の知識を披瀝するのもどうかと思うが、以下のように解されるのではないか。

即ち、

「人格」とは、「自分の行為の主観的な方針が、いつも、 すべての人にとってもあてはまる道徳法則になるように、行為せよ」と命じる規範的存在であり

「人格的自律」とは、「自分の行為……が、いつも、 すべての人にとってもあてはまる道徳法則になるように、行為」すること

になるのではないか（ 岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』〔岩波書店、岩波ジュニア新書４４１、２００３年〕１７８頁）。

このように考えると、人格的自律のために必要不可欠なものとして１３条で保障される権利・ 自由の範囲はかなり狭いものになるのではないかと考えられる。