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2007年12月29日 (土)

【余談】 私を動かす5冊の本・その2

 

本稿は、前回の続きで、 私を動かす5冊の本のうち、2冊をご紹介いたします。

具体的には、D・カーネギー『人を動かす』と、池波正太郎『男の作法』をご紹介いたします。

 

 

 

■D・ カーネギー『人を動かす [新装版]』(創元社)    

 

本書は大変有名な書籍で、ある程度の規模の書店に行けば必ずと言って良いほど陳列(多くの場合平積み)してあります。

 

本稿を書くために調べたところ、Wikipediaにも記事がありました。

それぐらい――つまり、労を惜しまずにWikipediaに記事を書く人がいるぐらい――有名な書籍であり、かつ名著です。

 

人を動かす - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E3%82%92%E5%8B%95%E3%81%8B%E3%81%99

 

Wikipediaもそうですが、本書は、自己啓発書に分類されることが多いです。

確かに、 「啓発」という言葉の意義からすれば間違いではないと思います。

 

ですが、むしろ、「対人関係やコミュニケーションを改善し良好に保つための知恵について書いた本」 と説明した方が本書の内容をよりよく説明できるのではないかと思います。

 

 

そして、本書は上記Wikipediaの記事にも書いてありますが、ごくごく"当たり前"の命題を示すものです。

 

本書の特徴は、その「当たり前の命題」の実践的な意義を、 非常に説得的に読者に訴えかけるという点にあります。

 

著者のD・カーネギー氏は、この「当たり前の命題」の説得力を増すために、文章の構成に工夫を凝らし、古今東西の偉人・ 古典の名言を引用し、印象的な事例を紹介しています。

 

そのため、私は、これらの命題がかなり強く印象に残り、知らず知らず、日常の生活の端々でこれらの命題を思い起こすに至りました。

 

例えば、「まずほめる」という章の冒頭は次のような文章から始まります。

 

「わたしの友人が、あるとき、 クーリッジ大統領の招待を受けて、週末をホワイト・ハウスで過ごした。彼が大統領の部屋に行くと、大統領は秘書をつかまえて、 こういっていた――

『今日は、よく似あう服を着てきたね。 まったく君は美人だ』。

無口なクーリッジがこんなお世辞をいうのはめずらしい。その娘はどぎまぎして、頬を真赤にそめた。すると大統領は 『そんなに固くなることはないよ――気をよくしてもらおうと思っていったのだから。で、これからは句読点にもう少し注意してもらいたいね』 といった。

彼のやり方は少し露骨だったかもしれないが、 人間の心理に対する理解の程度はほめてよい。われわれは、ほめられたあとでは、苦言もたいして苦く感じないものだ。」 (267頁)。

 

また、「議論をさける」という章には次のような文章があります。

 

「”まず相手の言葉に耳をかたむけよ”―― 相手に意見を述べさせ、最後まで聞く。さからったり、自己弁護したり、争論したりすれば、相手との障壁は高まるばかりだ。 相互理解の橋をかける努力こそたいせつで、誤解の障壁をかさあげするなど愚の骨頂である。

”意見が一致する点をさがせ”―― 相手の主張を聞いたら、まず賛成できる点を話す。

”率直であれ”―― 自分がまちがっていると思う点をさがし、率直にそれを認めてあやまる。それで、相手の武装がとけ、防衛の姿勢がゆるむ。」 (165頁)。

 

私は、まだこれらの命題を完全に実行できるには至っていませんが、私が尊敬する方々は、皆、多かれ少なかれ、 これらの命題を実行されています。

 

本書は、偉人になるための必要条件を示していると言っても良いかもしれません。

 

 

 

■池波正太郎 『男の作法』(新潮社、 新潮文庫い-16-22、昭和59年

 

池波正太郎さんと言えば、『鬼平犯科帳』や『剣客商売』、『仕掛人 藤枝梅安』などの時代物で有名ですが、 池波さんは同時に随筆家としても非常に有名です。

 

そして、池波さんご自身の言葉によれば、その数ある随筆の中でも、本書は次のような性格を持っています。

 

「この小冊は、 私が五十余年の人生を通じて体験してきたことを、書肆の強い要望に応えて書いた……というよりは、語りおろしたものです。」。

 

「この本の中で私が語っていることは、かつては『男の常識』とされていたことばかりです。しかし、それは所詮、私の時代の常識であり、 現代の男たちには恐らく実行不可能でありましょう。時代と社会がそれほど変わってしまっているということです。

とはいえ 『他山の石』ということわざもあります。男をみがくという問題を考える上で、 本書はささやかながら1つのきっかけぐらいにはなろうかと思います。」(以上、「はしがき」より)。

 

本書に書いてあることは、お鮨屋さんでのマナーに始まり、和服・洋服のお洒落の基本、結婚生活の秘訣、贈り物の選び方、 小遣いやチップなどのお金の使い方、お酒の飲み方など、多岐にわたります。

 

そして、本書の最大の特徴は、そういった日常的な物事のいわば”豆知識” を教示することで、その根底にある気遣いの方法や、心配りの基本― ― つまり、”作法”――を知らず知らずのうちに読者に分からせるという点にあります。

 

本書の各文章の1つ1つのテーマは、基本的にはそれぞれ独立した別個のものです。

 

ですが、言うまでもなく、各文章はいずれも粋人・池波正太郎が書いたものです。

ですから、1つ1つの文章に、気配りの人と呼ばれた池波さんの「思考方法の”型”」 とでも言うべきものが表われています。

 

滝や湖が地下水脈で通じ合っているように、本書の文章は、池波正太郎の”型”というもので通底しています。

 

その結果、本書を読み通すと、自然と、気配りや心配りの精神が自分に染み渡っています

 

例えば、池波さんは「チップ」の項目で次のように述べられています。

 

「だけど、 どうしても無理しても使わなきゃいけないんだよ。自動車のチップのことを話したでしょう、前にも。タクシーに乗って、 メーターが五百円だったら六百円やる。

『どうもご苦労さん。これは結構です……』

と百円チップをやることによって、やったほうも気分がいいし、もらったほうも気分がいいんだよ。」 (127頁)。

 

「今度、 タクシーに乗ったときにだね、やってごらんなさい。運転手が、お客さんが百円くれたとなれば、たとえ百円でもうれしくなって、

『どうも済みません。ありがとうございます……』

と、 こう言いますよ。

そうすれば、 その人がその日一日、ある程度気持ちよく運転出来るんだよ。それで、おおげさかもしれないけど、交通事故防止にもなるんだよ。少なくとも、 次に乗るお客のためになっているわけだ。みんながこうして行けばだも、一人がたとえ百円であっても、 世の中にもたらすものは積み重なって大変なものになるわけだよ。どんどん循環してひろがって行くんだからね。

だから、 そのことを考えて実行することが、

『男をみがく… …』

ということなんだよ。」(128頁以下)。

 

確かに、本書は昭和50年代に書かれたものですし、古臭いかもしれません。

 

ですが、人の根本的な精神構造は大きく変わっていないと思います。気配りの精神の重要性は今でも変わっていないと思います。

 

また、たとえ古臭いものであっても、それが”古き良きもの”であれば、 その精神を受け継いで実践していくことに少なくとも私は意味を見出します。

 

 

私の友人や知人に、いわゆる”育ちの良い”と呼ばれる人が何人かいるのですが、彼ら・彼女らの行動を拝見していますと、 本書の内容を思い出すことがしばしばございます。

 

彼ら・彼女らは、恐らく、本書を読んではいないでしょう。

ですが、彼ら・彼女らの行動は、池波さんが指摘される気配りの精神を自然と体現しているのです。

 

翻って考えるに、本書は、そういった”古き良き” 規範を今に伝える貴重な書籍ではないかと私は思います

 

 

 

つづく

 

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