【刑訴】 逮捕前置主義と逮捕・勾留の一回性などについて
今日は、質問を受けたので、逮捕前置主義と逮捕・勾留の一回性などについて一言。
■質問
逮捕前置主義と事件単位の原則や一罪一逮捕一勾留の関係はどのようになっているのか。
たとえば、被疑者をA罪(ex.窃盗罪)で逮捕してB罪(ex.殺人罪)で勾留したという事案の場合、何をどのように論証すれば良いのか。
■定義
逮捕前置主義とは、
「被疑者の勾留には逮捕手続が先行しなければならない」という制度(207条1項)
を言います(酒巻匡「身体拘束所分に伴う諸問題」法教291号95頁〔2004年〕)。
一罪一逮捕一勾留の原則とは、
「実体法上一罪とされる事実につき、逮捕・勾留は1回しか許されないとする」原則
を言います(長沼範良ほか『演習刑事訴訟法』〔有斐閣、2005年〕85頁〔佐藤隆之〕)。
事件単位の原則とは、
「逮捕・勾留の効力については、逮捕状又は勾留状に記載された被疑事実を基準に考え、その効力は、当該被疑事実のみに限られ、それ以外の犯罪事実には及ばない」という考え方
を言います(三浦正晴=北岡克哉『令状請求の実際101問』〔立花書房、平成14年〕106頁)。
■解説
まず、被疑者をA罪(ex.窃盗罪)で逮捕して、別事件のB罪(ex.殺人罪)で勾留したという事案の場合、基本的には、「逮捕前置主義の趣旨が全うされているか」を論証すれば充分です。
何故ならば、この場合はA罪の逮捕状とB罪の勾留状がそれぞれ発付されていると考えられるので事件単位の原則は問題にならないからです(下記拙稿参照)。
拙稿: 【刑訴】 逮捕前置主義と事件単位原則について
http://etc-etc-etc.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_9336.html
次に、事案をやや修正してみます。
すなわち、傷害罪で逮捕したが、逮捕中に被害者が死亡したために傷害致死罪で勾留したという事案の場合、何を論証ずへきでしょうか?
この事案の場合は、特に論証することはありません。
確かに、逮捕時の罪名と勾留時の罪名は異なります。
しかし、この事案で問題になっている「事実」は明らかに同一事実であり、逮捕前置主義の趣旨は当然に全うされているからです。
同様に、被疑者を傷害致死罪で逮捕したところ、逮捕中に殺意の存在が判明したので殺人罪で勾留したという事案の場合も、特に論証する必要はありません。
問題があるのは、以下のような事例です。
たとえば、2008年04月01日に被疑者が単純な窃盗の被疑事実Dで逮捕され、その後、勾留を経て、同年04月20日に釈放されたとします。
ところが、同年05月01日、被疑事実Dと常習一罪の関係(常習窃盗)にある被疑事実C(2008年03月01日の窃盗事実)が発覚しました。
この場合は、逮捕前置主義の趣旨を論じた上で、C罪とD罪を"同視"できるか(C罪とD罪は実体法上一罪の関係にあるか)を更に検討する必要があります。
何故ならば、実体法上の一罪は訴訟法上の一回的取扱いを原則として要請しているからです。
「実体法上の一罪性は、単純一罪以外の関係、とりわけ、常習一罪などの集合犯についても、全体の事実の密接関連性ないし一体性を基準として決せられているとされており、これを手続の観点から見れば、こうした関係に立つ事実について敢えて分割して身柄拘束の根拠とすることを許す場合には捜査の重複を招く可能性が高く、その結果、法定された身柄拘束期間が潜脱されるおそるれが類型的に高い、ということもできよう。したがって、実体法上の一罪関係に立つ事実の範囲は類型的に見て、手続上、原則として一回的に扱うことを要求することが妥当な範囲であると思われる。」(池田公博「逮捕・交流に関する諸原則」法教262号93頁〔2002年〕)。
但し、ここで注意すべきは、現在ではC罪とD罪が実体法上一罪であるからと言って、直ちに訴訟法上の一回的取扱いに繋がるわけではないという指摘が有力に為されているということです。
「刑事手続が、刑罰権を実現するための手段と位置づけられるとしても、(刑罰権の一個性という)実体法の要請に反しない限りで、訴訟法的な要因(捜査段階であれば、被疑者の負担、捜査の必要、事情変更の経緯、捜査機関の有する人的・物的資源など)を考慮して手続のありようを決定することは否定されないはずだ」(前掲・佐藤86頁)。
そして、この有力説は次のように主張します。
「このように考えると、実体法上一罪を構成する事実を基礎とする(2度目以降の)身柄拘束の可否は、捜査の重複を防ぎ、被害者に無用の負担をかけない、という要請……との関係で、身柄拘束の基礎とされた事実が、同時処理すべき事実の範囲に含まれていたか、という基準によって判断されることとなる。」(前掲・佐藤86頁)。
したがいまして、このような有力説に立つ場合、上記C罪とD罪は
「同時処理の可能性があったとして、新たな逮捕・勾留は認めず、一定の要件のもとに再逮捕・再勾留を認めるに過ぎない」(前掲・三浦=北岡113頁)
ということになります。
ちなみに、検察ではこの有力説のようには考えられておらず、
「証拠隠滅等のおそれ(を防ぐ ――引用者補足)という現実的な要請に基づく逮捕・勾留の制度本来の趣旨」
を重視して、
「現実に行われた生の行為の基本的事実関係を同一にしているかどうかで判断する」
と考えられています(前掲・三浦=北岡115頁)。
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コメント
はじめてコメントさせていただきます。学問資格カテゴリを理解の助けにさせていただいています。
コメント欄から質問するのは失礼かとは思いますが、どうぞお許しください。別件逮捕・勾留と余罪取調べについてお聞きしたいのですが、本件基準説と別件基準説という見解の対立と、事件単位原則や一罪一勾留の原則などとの関係はどのようなものなのでしょうか。教科書を読んでてつながりがちょっと掴めないので、ご説明していただけないでしょうか。よろしくお願いします。
投稿: K@学部生 | 2008年7月 8日 (火) 20:02
K@学部生さん、コメントありがとうございます。
ご質問は、コメント欄でもメールでも結構です。
私の拙い回答で宜しければ、どうぞお気軽になさって下さい。
さて、本件基準説・別件基準説という論点と、事件単位原則や
一罪一逮捕一勾留の原則との関係についてですが、幾つかの
説明の仕方があります。
誤解を恐れずに端的に言うのであれば、本件基準説・別件基準説の
対立と通常関係し「得る」のは事件単位原則です。一罪一逮捕
一勾留の原則は通常は関係しません。
理由は以下のとおりです。
上記拙稿にも記載してありますが、一罪一逮捕一勾留の原則とは、
「実体法上一罪とされる事実につき、逮捕・勾留は1回しか
許されないとする」原則を言います(長沼範良ほか『演習刑事
訴訟法』〔有斐閣、2005年〕85頁〔佐藤隆之〕)。
したがいまして、一罪一逮捕一勾留の原則は、複数の逮捕・勾留が
存在して初めて問題になります。
他方、本件基準説・別件基準説という問題は、B事実(本件)に
ついて取り調べる目的で、A事実(別件)による逮捕・勾留を行い、
その身柄拘束をB事実の取調べに利用するという捜査手段が
用いられた場合に問題になります。
したがいまして、本件基準説・別件基準説という問題が生じる場面
では必ずしも複数の逮捕・勾留が存在しているわけではありません。
ですから、本件基準説・別件基準説という対立の場面と一罪一逮捕
一勾留の原則は論理必然に関係するものではありません。
では、事件単位の原則は、本件基準説・別件基準説という対立の
場面とどのように関係するのかと言いますと、上記A事実(別件)
について取得された令状の効力の範囲を論じる上で関係すること
があります。
上記拙稿にもありますが、事件単位の原則とは、「逮捕・勾留の
効力については、逮捕状又は勾留状に記載された被疑事実を
基準に考え、その効力は、当該被疑事実のみに限られ、それ
以外の犯罪事実には及ばない」という考え方を言います(三浦
正晴=北岡克哉『令状請求の実際101問』〔立花書房、平成
14年〕106頁)。
つまり、事件単位の原則は取得された令状の効力の範囲を考える
場合に登場する原則です。
そして、いわゆる別件逮捕・勾留が問題になる場面では、令状が
取得されています。
本件基準説の論者は、通常、この令状の効力を事後的・遡及的に
否定します。したがって、令状の効力自体が否定されているため、
令状の効力の範囲を問題とする事件単位の原則は問題にならない
はずです。
一方、別件基準説の論者は、この令状の効力を肯定します。
そのため、令状の効力の範囲を問題とする事件単位の原則が
問題になり得ます(人単位説をとる場合を除く)。
つまり、令状記載の被疑事実(A事実〔別件〕)とは異なる被疑
事実、即ちB事実(本件)についての取調べが為されれば、
余罪取調べとして違法性が生じます。
以上、雑駁な記述で恐縮ですが、概要を説明させて頂きました。
何かご不明な点などがございましたら、どうぞ、またご質問ください。
投稿: shoya | 2008年7月 9日 (水) 18:26
ありがとうございました。つながりが見えてすっきりしました。これを頭に入れてもう一度教科書読み直してみますね。
投稿: K | 2008年7月10日 (木) 18:00
Kさん、コメントありがとうございます。
拙文がお役に立てたのであれば幸いです。
尚、上記拙文は雑駁な記述でして、余罪取調べ
などとの関係については捨象しております。
例えば、余罪取調べの限界の議論においては
京大名誉教授の鈴木先生は事件単位原則を
適用されます。
したがいまして、私の記述はは至らない点が
多々ございます。
ですから、ご不明に感じられる部分がございましたら
先生にお聞きになられるか、またご質問
下されば幸いです。
投稿: shoya | 2008年7月11日 (金) 10:53