学問・資格

2010年2月20日 (土)

【民法】 権利者からの取得が明らかな場合の即時取得

 

ボ2ネタの2010年2月20日の記事のコメント欄に,大要,以下のような書き込みがございました。

 

”最近の要件事実論では,権利者からの取得が明らかな場合にも即時取得の成立を認めるという内容が教えられているようだ(例えば,大島眞一『<完全講義> 民事裁判実務の基礎』〔民事法研究会,平成21年〕401頁)。”

 

”従来であれば,誤りとされていたのではないか。”

 

結論から申し上げれば,大島判事が書かれている内容が正しいのではないかと私は考えております。

 

 

 

■定義等

原始取得とは,

 

「前主の権利に依存しない物権の取得」

 

を言います。そして,

 

「この場合には,原始取得された物権と両立し得ない権利は,原始取得を認める趣旨に照らして必要とされる限りにおいて,反射的に消滅することになる。」

 

「他の権利の反射的消滅を伴う原始取得の原因として……即時取得(192条)……などがある。」

以上につき,佐久間毅『民法の基礎2 物権』〔有斐閣,2006年〕26頁

 

と一般に解されています。

 

 

 

■実体法的に即時取得を主張する意味

定義の説明を御覧いただければ,だいたいお分かりかと思いますが,即時取得の効果は原始取得と解されています。

 

したがいまして,取引行為による完全な動産所有権を期待して動産の占有を取得した者に即時取得が認められれば,その占有取得者は完全な所有権を取得することができると一般に解されています(但し,道垣内弘人「民法★かゆいところ 時効取得が原始取得であること」法教302号53頁〔2005年〕参照)。

 

つまり,客観的には動産所有権の内容が制限されていた場合であっても,即時取得が認められればそのような制限は消滅します。

このような効果は,単純な売買契約などによる承継取得の場合には認められません。

 

ですから,権利者からの取得の場合であっても,即時取得を肯定するメリットは十分にあります。

 

 

もちろん,通常,即時取得は,前主が無権利者であることが判明した場合に用いられる制度です。

 

拙稿:【民法】 即時取得(善意取得)の要件・その2〔要件〕
http://etc-etc-etc.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_1229.html

 

ですから,上記ボ2ネタのコメント欄に記載されていた指摘は,まっとうな疑問だと思います。

 

 

 

■要件事実論的に即時取得を主張することの当否

また,上記の大島判事のご著書の設例は,上記のように動産所有権の内容が制限されていた場合ではありません。

ですから,確かに,即時取得を敢えて主張する現実的必要性は少ないです。

ですが,当該設例の主張内容や事実からすれば,即時取得の主張はa+bの関係ではありませんから,要件事実論的にも即時取得の成立を認めて問題はありません。

 

 

……以上のように,私は考えているのですが,どこか間違っているかもしれません(^^;)。

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2009年12月 3日 (木)

【民訴・民裁】 処分証書に関する覚書

 

別稿で紹介させていただいた、大島眞一『完全講義 民事裁判実務の基礎』(民事法研究会,平成21年)の処分証書の定義に関連して、新62さんから的確なコメントを頂戴いたしましたので、今日は、処分証書に関するご説明を致します。

 

 

 

■定義

表示主義とは、

 

「意思表示の効力の根拠は表示に対する相手方の信頼保護にある、とする考え方」

 

をいいます。 

そして、表示主義に立つと、

「意思表示の瑕疵に対処する際には、表示行為から推測される意思内容が重視される」

ことになります。

 

 

意思主義とは、

 

「意思表示の効力の根拠は表意者の意思にある、とする考え方」

 

をいいます。 

そして、意思主義に立つと、

「意思表示の瑕疵に対応する際にも、表意者の意思が重視される」

ことになります(以上につき、佐久間毅『民法の基礎1 総則』〔有斐閣、初版、2003年〕52頁)。

 

 

意思表示とは、

 

「一定の私法上の法律効果を発生させるという意思を外部に表示する行為」

 

をいいます(山本敬三『民法講義I 総則』〔有斐閣、初版、2001年〕108頁)

 

 

■処分証書の定義

代表的な書籍によれば、処分証書は次のように定義されています。

 

「処分証書とは、意思表示その他の法律行為を記載した文書をいい、判決書のような公文書のほか、遺言書、売買契約書、手形のような私文書がある。」(裁判所職員総合研修所監修 『民事訴訟法講義案(改訂補訂版)』〔司法協会,平成20年〕 204頁)。

 

「処分証書とは、立証命題である意思表示その他の法律行為が記載されている文書であり、契約書、手形、遺言書などがこれに当たる。」(司法研修所編『民事訴訟における事実認定』〔法曹会,平成19年〕18頁)。

 

「処分証書とは意思表示ないし法律行為が記載されている文書」をいう(田中豊『事実認定の考え方と実務』〔民事法研究会,平成20年〕55頁

 

 

処分証書とは「それによって証明しようとする法律上の行為が直接その文書によってなされた」ものをいう(高橋宏志『重点講義 民事訴訟法 下〔補訂版〕』〔有斐閣、2006年〕113頁)。

 

「処分証書とは、意思表示がその文書によってされているものをいう。手形、遺言書のように書面でしなければならないもののほか、売買契約書のように売買契約締結をその文書で行った場合も含まれる」(大島眞一『完全講義民事裁判実務の基礎』〔民事法研究会,平成21年〕525頁)。

 

「処分証書とは、これによって証明しようとする法律上の行為がその文書によりなされたものをいい、例えば、契約書、手形、遺言書、解約通知書などがこれに当たります。」(加藤新太郎編『民事事実認定と立証活動 第I巻』〔判例タイムズ社, 2009年〕67頁以下〔村田渉発言〕。尚、4頁には須藤典明判事による定義もある)。

 

 

 

■処分証書の重要性

民訴の理論を学んでいるときには気づきにくいのですが、実務上、処分証書は極めて重要です。

その最大の理由は、判例上、処分証書が真正に成立している場合には、特段の事情がない限り、(原則として)その記載どおりの事実を認めるべき、とされているからです(最判昭和32年10月31日民集11巻10号1779頁、最判昭和45年11月26日集民101号565頁、最判平成11年4月13日判時1708号40頁、最判平成14年6月13日判時1816号25頁など)。

 

 

そのため、処分証書が実務上果たしている役割は極めて大きく、処分証書に該当するか否か、処分証書の成立の真正が認められるか否か、は重要な問題です。

 

このように非常に重要な処分証書ですが、実は、上記のとおり、処分証書の定義(範囲)については争いがあります。

即ち、上記の処分証書の定義は2つのグループに分類することができます。具体的には、前三者のグループと残りのグループです。

 

そして、結論から申し上げれば、前三者のグループは表示主義を尊重し、処分証書の一般的重要性を高く認める傾向にあり、残りのグループは意思主義を尊重し、処分証書の一般的重要性を前三者のグループほど高くは認めません。

 

上記の処分証書の定義の差異は、このような考え方の差異に基づきます。

 

以下では、上記の2つの考え方の具体的な差異についてご説明いたします。

尚、説明の便宜のために、以下では、前三者のグループを表示説、残りのグループを意思説と呼びます。

 

※ 余談ですが、ある概念の定義は、その定義が関与する全ての問題において適用されるものです。

したがいまして、定義を作成する際には、当該概念が問題になる全範囲の問題を踏まえた上で、それらの事象に共通する要素を抽出し、かつ、体系的整合性を維持しつつ(問題の外延の確定)、妥当な結論を導けるようにしなければなりません。

端的に申し上げて、精確な定義は深い学識のある先生でなければ作成することはできません。その意味で、ある書物が優れたものであるかどうかを判断する視点の1つとして、定義がちゃんと記載されているか、という視点はなかなか有益ではないかと思います。

 

 

 

■前三者のグループ(表示説)

まず、表示説の場合、意思表示や法律行為が記載されていれば処分証書に当たるわけですから、処分証書の範囲は比較的広くなります。

 

これはまさに表示主義を尊重した帰結です。つまり、当該書証に意思表示や法律行為が記載されているのであれば、その書証を読んだ者はその記載内容を信頼するはずであるから、その信頼を保護すべく、意思表示の効力を認めるべき、という論理です。

 

したがいまして、表示説の考え方に立つ場合、論者によって差異がありますが、処分証書の実質的証拠力はかなり高く評価されます。

 

 

最も高く評価する見解は、処分証書の形式的証拠力が認められるのであれば、実質的証拠力も必ず認められるとします。

例えば、田中先生は

 

「処分証書の形式的証拠力を認めながら、実質的証拠力を否定するというのは違法な事実認定」

 

とされます(前掲・田中93頁。同旨:前掲・裁判所職員総合研修所208頁。反対:前掲・大島526頁参照)。

 

この見解は、上述した判例法理の内容を

「処分証書が真正に成立している場合には、特段の事情がない限り、その記載どおりの事実を認めるべき」

と理解します。

そして、この「特段の事情」は、虚偽表示や錯誤などに当たる事実を意味することになります。

 

 

もっとも、表示説の中でも、処分証書の実質的証拠力を田中先生ほど高く評価しない見解もあります。

この見解は、上述した判例法理の内容を

「処分証書が真正に成立している場合には、特段の事情がない限り、『一応』その記載どおりの事実を認めるべき」

と理解します(前掲・司法研修所21頁。青字・太字は引用者)。

 

したがいまして、この見解は、処分証書の成立の真正が認められたとしても、直ちに当該処分証書記載の事実を認めることにはなりません。

つまり、形式的証拠力が認められても、当該処分証書記載の意思表示を基礎づける主要事実は当然に認定されるわけではなく、論理的にはまだ浮動的な常態にあります。

ですから、「特段の事情」は、処分証書に記載された事実の認定を妨げる間接事実を意味することになります(前掲・司法研修所22頁)。

 

 

 

■残りのグループ(意思説)

次に、意思説は、意思主義を尊重し、処分証書の範囲を限定的に考えます。

また、この見解は、田中先生のご見解とは異なり、処分証書の成立の真正が認められる場合であっても、実質的証拠力が否定されることはある、とします。

 

例えば、村田判事は処分証書の実質的証拠力について次のように述べられていますが、例外があることを認められています(前掲・加藤68頁〔村田渉〕。太字は引用者)。この点では、表示説のうちの、田中先生ほど処分証書の実質的証拠力を高く認めない見解と同じです。

 

「契約書などの処分証書であれば、その契約書に形式的証拠力があれば、原則として、その契約書によって直接に何ら他の事実の認定を介在させなくても、契約書記載の内容の契約が成立したことを認めることができる」

 

形式的証拠力については、二段の推定が働きますので、その証明の程度には差異があります。ですから、完全に形式的証拠力の立証が成功している事例もあれば、そうでない形式的証拠力は認められるがその程度が必ずしも高くない事例もあります。また、他の間接事実や書証の提出時期などからすると、処分証書の記載内容に疑問が生じる事例もあります。

 

そうだとすれば、処分証書の形式的証拠力が認められるからと言って直ちに同処分証書記載の内容の契約が成立したと認めることはできません。

 

ちなみに、意思説の定義による場合、当初は処分証書と思われたが、審理が進むにつれて同書証が実は処分証書ではなかったことが判明するという事態があり得ます。同種の問題は、書証の作成名義人についても生じます(前掲・高橋124頁参照)。

 

 

尚、意思説に対しては、次のような批判が表示説から為されています。

 

即ち、意思説の考え方に立つと、

 

「例えば、1つの売買契約について本来の売買契約書以外に税務用の契約書と登記手続用の契約書とを作成したといった場合、後者の二者の契約書は処分証書に当たらないということになり、ある1つの文書が処分証書であるかどうかがその記載の外形からは決することができない」

 

というご批判です(前掲・田中55頁)。

 

 

ただ、このご批判は説得的なのですが、次の理由により、ややずれているのではないか、とも思われます。

 

即ち、この田中先生のご批判は文書の外形を重視することを前提として成立していますが、そもそも、意思説の論者は既に表示主義よりも意思主義を尊重するという立場決定をした上でその内容を展開している以上、文書の外形を重視するという表示主義的前提批判では話が噛み合いません。

 

別の観点から言い換えれば、意思説の論者の多くは事実認定の作業を全体的に行おうとしています。もちろん、表示説の論者が事実認定の作業を全体的に行っていないというわけではありません。

 

比喩的な表現ですが、表示説の論者は”選択と集中”型の事実認定に親和的です。つまり、処分証書の範囲をある程度広くし、かつ、そのような処分証書に形式的証拠力が認められる場合には、「特段の事情」に審理を集中すれば良いという考え方に親和的です。

 

他方、意思説の論者は、表示説の論者ほど”選択と集中”型の事実認定に親和的ではありません。そもそも、処分証書の範囲が限定的です。

 

ですから、議論の前提条件が異なるので、結局、批判の対象は表示主義と意思主義に帰結してしまうのではないかと思われます。

 

 

 

■研修所の民裁起案の注意点

話が急に変わりますが、研修所の民事裁判科目の事実認定起案では、上記の表示説の立場に立って認定作業を行うことが求められています

 

ですから、起案において意思表示や法律行為が記載されている書証があれば、その書証は処分証書として扱われます。そして、その成立に争いが無ければ(争いの有無は書証目録を見れば分かります)、直ちに実質的証拠力の判断に入って良いとされています。

 

要するに、研修所の起案においては、処分証書該当性の判断(これは「判断枠組みの決定」と呼ばれることもあります)は、事実認定の”選択と集中”――検討範囲の限定による事実認定の効率化――を実現するために行われます。

 

以前の記事に対する新62さんのコメントからすると、民事裁判官教官室は現在も上記の方針を採用しているようです。

 

※ 説明の便宜のために新62さんのコメントを引用させていただきます。

「すなわち,大島先生が用いられている定義に依って事実認定の起案で記録を検討した結果,当初の検討の段階で処分証書にあたりそうだと判断した文書が,実は当該文書そのものをもって意思表示がなされたというような文書ではなかった場合に,判断枠組みは処分証書存在型にならなくなるのではないか,という疑問が生じうるということです。

この点について教官は,そうではなく,その場合も処分証書にあたると考えた上で,実質的証拠力の問題として考えればよいとおっしゃっていました。『これから』争点たる要証事実の有無を検証しようという段階において,そのとっかかりとしての判断枠組みを問うているのであるから,判断し終わった後,結果的に処分証書型ではなかったいうのはナンセンスであるとのことです。」

 

 

話が脱線気味になりますが、結局、研修所の民裁の事実認定起案では、”選択と集中”型の事実認定能力養成が目的とされています。

 

私自身は意思説が妥当だと考えていますので、”選択と集中”型の事実認定には危険性もあると考えているのですが、修習という限られた時間内で事実認定能力を涵養するためには、教官室の方針は効率的だと思います。

 

加藤判事が述べられているように、

 

「法曹養成教育の基礎である司法修習では、原則型をきちんと理解することが必要」

 

です(前掲・加藤46頁)。

 

そして、ある基礎分野において複数の対立する見解がある場合、はじめからこれらの見解の全てについて満遍なく教育する方法よりも、特定の見解をまず完全に理解させた上で他の見解についても教育するという方法の方が効率的だと私は考えています(完全に個人的な経験則ですが(^_^;))。

 

そして、意思説よりも表示説の方が時間的に短く理解させて起案させることが可能ですから、上記観点からすると、まずは表示説の考え方に則った事実認定を鍛錬した方が効率的ということになります。また、修習期間内に表示説について十分な理解をさせておけば、あとは実務家になった後に自学自習することが可能だと思われます。

 

 

 

……随分と長文の記事になってしまいました。

ご批判、ご意見を賜れれば望外の喜びです。

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2009年11月30日 (月)

【余談】 修習で役立つ書籍・刑事編

 

 

前回に引き続き,修習で役立つと思われる書籍をご紹介いたします。今回は刑事編です。

 

拙稿:【余談】 修習に役立つ書籍・民事編
http://etc-etc-etc.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-e9a8.html

 

寡聞にして存じ上げなかったのですが,30日に導入起案があるんですね。そもそも,この記事を書くきっかけを与えてくれた友人は任官志望なのですが,小金井兵庫さんが指摘されているように,導入起案は任官志望者にとって大事ですので,是非,頑張ってください(……と思っていたら,本記事の公開が30日の17時を過ぎてしまいました。申し訳ありません)

 

兵庫の日記~blog edition~:新63期修習で刑裁・民裁修習中の方々へ
http://blog.livedoor.jp/koganei_hyogo/archives/50943078.html

 

 

 

■刑事編

松尾浩也監修『条解 刑事訴訟法<第4版>』(弘文堂,2009年)

本書は正確にはまだ発売されていないのですが(12月1日発売予定),前版のころから需要が高い書籍でしたので,ご紹介いたします。

と言っても,特にコメントすることがないくらい有名な書籍です。本書は,多くの著名な実務家や研究者が執筆に関わったコンパクトなコンメンタールで,刑事訴訟法についての調べものをする際にかなり役立ちます。

 

検察修習や弁護(刑弁)修習ですぐに必要になることは少ないかもしれませんが,数々の起案や2回試験をも考慮に入れると,金銭的に余裕があるのであれば手元に置いておいて損は無いと思います。

 

但し,規則の意味や解釈を調べるのにはあまり向いていません。

最新版の情報量の増加っぷりからすると,規則についての記述も増えたのかもしれませんが,恐らく増加したのは裁判員裁判関係ではないかと思います(^^;)

 

弘文堂:条解刑事訴訟法<第四版>
http://www.koubundou.co.jp/books/pages/35467.html

 

 

 

『増補 令状基本問題 上・下』(判例時報社,2002年)

本書は,ひょっとするとあまりメジャーな書籍ではないかもしれません。

ですが,本書は,特に裁判官に対しては非常に影響力の大きい書籍でして,任官志望者であれば必携と言っても過言ではないと思います。

 

本書では,令状が関わる様々な問題に対して,著名な判事(調査官経験者や教官経験者が多いです)が緻密な論考を展開しています。

当然のことですが,判事の中でも特に優秀な方が書かれた書籍ですので,本書を精読すれば,理論的に堅牢なだけでなく妥当な結論を導ける多数の見解を学ぶことがではます。

 

但し,本書はあくまで令状に関わる問題だけを対象にしています。端的に言えば,任官志望者以外の者が修習生の段階でこれ程精密な議論を咀嚼する必要があるのか(他にも学ぶべきことはあるのではないのか)という疑問が無きにしも非ずです(笑)。とは言え,法曹三者の意見を忌憚無く聞けるのは修習生の特権ですから,猛烈に勉強するのも一興かもしれません。

 

 

 

小林充=香城敏麿編『刑事事実認定 ――裁判例の総合的研究 上・下』(判例タイムズ社,1994年)

本書は,元仙台高裁長官の小林充先生と 元福岡高裁長官の香城敏麿先生が編集され,お2人とその他のベテラン判事によって執筆されたもので,刑事事実認定関係の書籍で現在最もスタンダードなものです。

上巻では刑法総論関係の論点(純粋に総論に限られたわけではなく,例えば殺意についての論考もあります)が扱われており,下巻では刑法各論関係の論点が扱われています。

 

本書では,それまでの諸判例が分析され,その上で,当該認定を為すに際して判例上重要視されている類型的事実が抽出されています。そして,なぜ,そのような事実が判例上重要視されているのか説明されています。

 

既に本書出版から15年が経過しており若干古くなった印象は否めませんが,本書は明らかに『刑事事実認定重要判決50選 補訂版 上・下』などにも影響を及ぼしていること,本書の執筆者が刑事裁判官に対して幅広い影響力を持っていることを勘案すれば,本書の持つ実践的重要性は些かも失われていないと思われます。その意味で刑事裁判官,刑事弁護人を目指される方であれば,まずはこの本を買われても良いのではないかと思われます。

 

但し,出版時期からも分かるように,近時の判例はカバーされていません。その点をお含みおきください。

 

 

 

ダイヤモンドルール研究会ワーキンググループ編著『実践! 刑事証人尋問技術 事例から学ぶ尋問のダイヤモンドルール』(現代人文社,2009年)

本書は,後藤貞人先生をはじめとする大阪弁護士会所属の著名な刑事弁護人の先生方が執筆された書籍で,刑事裁判における証人尋問についてまとめたものです。

タイトルの『ダイヤモンドルール』は,キース・エヴァンス『弁護のゴールデンルール』(現代人文社,2000年)にあやかったもので,ゴールデンルールを超えるルールという意味がこめられているそうです。

 

その内容は極めて実践的で,まさに証人尋問の行い方が微に入り細に入り説明されています。ここに記載されている証人尋問のテクニックは民事の証人尋問でも応用できるものが多いのではないかと私は考えています。

 

本書を精読した上で,刑事裁判修習,刑事弁護修習,検察の公判修習に臨めば,高度の知識を基に様々な事項を学べると思います。

個人的には,刑事弁護にご興味をお持ちなのであれば,本書を強くお薦めいたします。

 

 

 

『刑事弁護ビギナーズ』(現代人文社,2008年)

本書は,刑事弁護を精力的に行っている弁護士経験2年~5年の若手弁護士を中心にして執筆された書籍です。

端的に申し上げて,刑事弁護に関われるのであれば本書は必携です。

 

その内容は,完全に実務的知識中心で,しかも,第1章の「接見・取調べ・受任」に始まり,第12章の「判決とその後」,第15章「特殊なケース」のマスコミ対応の方法まで 多岐にわたっています。

また,若手弁護士が中心になって書かれただけあって,若手弁護士が直面するであろう問題(そして,ベテランの先生方には当たり前で問題にならない事項)についても言及されており,同様の問題に直面する可能性が高い修習生にとっても魅力的な内容になっています。

 

本書は,基本的には弁護修習で役立つと思われますが,弁護士の活動を理解するという観点では刑事裁判修習や検察修習でも十分役立つと思います。

ちなみに,書式が記録されたCDが付録となっています。

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2009年11月28日 (土)

【余談】 修習に役立つ書籍・民事編

 

※11月29日加筆・訂正しました。

 

私の親友(大学のクラスメート)が,昨日から新63期司法修習生として修習生活を開始いたしました。

何はともあれ,おめでとう>■■

 

彼は,一旦,企業に就職し,営業で文字通りのトップに立つなど非常に活躍していましたが,一念発起して法科大学院に進学しました(学部時代に彼がちゃんと法律を学んでいた記憶は正直ありません(笑))。

とは言え,元々優秀な人間でしたし,何より精神力が強靭でしたので,法科大学院を主席で卒業し,新司法試験にも非常に優秀な成績で合格しました。

 

そんな彼は任官を希望しておりまして,私に「修習に際してはどういう書籍で勉強すればいいのか?」と聞いてきました。

と言う訳で,友人・知人・後輩から色々と情報を集めたところ,下記の書籍が一般的にお薦めできるのではないか,という結論に達しました。修習生の方や,法科大学院生の方のお役に立てば幸いです。

 

また,「これもお薦め!」という情報があれば,是非ご教示くださいませ。

 

 

 

■民事編

 

【要件事実系】

大島眞一『完全講義 民事裁判実務の基礎』(民事法研究会,平成21年)

今年出版された書籍で,1冊で要件事実と事実認定をカバーしています。著者は大阪地裁の部総括判事です。

 

著者の大島判事は,法科大学院の教授を務められていました。また,本書を執筆するに際しては若手裁判官や法科大学院を修了した修習生の協力を得られたそうです。そのため,本書では,初学者が間違えやすい点について丁寧に説明されています。記述も平易で分かりやすく,1冊だけ要件事実系の書籍を購入するのであれば,私は本書をお薦めいたします。

 

また,本書は本文では原則として研修所の見解をベースにした説明がなされています。

そもそも,研修所の見解や概念には独特のものが少なくなく,研究者のみならず実務家からしても違和感がある見解があるのですが,それに対する批判等は全て注釈やコメントといった形で別個に示されています。

その意味で任官志望者の方も安心して使える書籍と言えるのではないでしょうか。

 

内容は,要件事実の部分と事実認定の部分に大きく分かれており,要件事実の部分はケーススタディ形式になっています。と言っても,各ケースの分量は少ないですので(敬三先生の基本書や佐久間先生の基本書のケースのような感じです),起案対策用の問題集にはあまり向いていないと思います。起案対策用としては,岡口判事の『要件事実問題集』が有益ですが,同書は一部(一部だけです)の解説がかなり独自で,研修所の起案で書くのは危険な説明もあります(繰り返しますが,そのような記述は一部だけで,全体としては有益です)。

 

 

村田渉ほか『要件事実論30講 第2版』(弘文堂,2009年)

恐らく,修習生のみならず,法科大学院生の方の多くも使用されているであろうテキストです。現在の要件事実論系のテキストでは,本書が最もスタンダードなのではないでしょうか。

 

本書の特徴は,研究者と研修所教官を勤められた判事が共同で執筆しているという点です。

そのため,本書の内容は,現在の研修所の民事裁判教官室とほぼ一致していると思われます(研究者担当部分を除く)。

 

ですから,修習という観点からすれば,本書は要件事実系のテキストの中では最も信頼性が高いと言えます。

 

内容は,要件事実に徹しており,言い分方式のケーススタディ形式になっています。問題のレベルは初学者~中級者向けです。と言っても,現在の修習では極端に複雑な要件事実論の問題は出題されないようですので,本書のレベルで十分足りると思います。

 

 

岡口基一『要件事実マニュアル 上・下』(ぎょうせい,第2版,平成19年)

賛否両論ある書籍ですが(岡口判事は時々要件事実で独自の見解を唱えられるので),調べ物の際は間違いなく便利です。索引が無いのが玉に瑕ですが,辞書用として購入されるのが良いかと。

 

 

 

【事実認定系】

司法研修所編『民事訴訟における事実認定』(法曹会,平成19年)

本書は,司法研究報告として,全国から選ばれた5名の判事が行った事実認定の研究をまとめた書籍です。事実認定の書籍を1冊だけ購入するのであれば,本書が良いかと思います。

 

本書の内容は主として理論の説明,事例紹介,高裁判事に対するインタビュー集で構成されています。個人的にはインタビュー集を興味深く拝読しました。

 

本書を読んでも直ちに事実認定力が上がったり起案の点数が上がったりするわけではありませんが(笑),本書を精読すれば,事実認定がどのような論理構造で為されているか,裁判官はどのような点に着目しているのか,ということについて基本的な視点を取得できると思わけます。

 

 

田中豊『事実認定の考え方と実務』(民事法研究会,平成20年)

本書は,最高裁調査官も務められた元裁判官(そして元司法試験考査委員)で,現在は法科大学院の教授も務められている田中先生が書かれた書籍です。

本書は,『月報司法書士』2006年4月号から2007年4月号に連載された記事に加筆されたものです。ですから,元々は司法書士を対象にしたものでしたが,修習生にも適切な内容だと思います。

 

本書の内容は,総論部分と各論部分に分かれており,総論部分では事実認定の基礎理論の説明がなされています。その上で,各論部分では実際に問題になった事例(最高裁と下級審で事実認定が異なった事例)が幾つか取り上げられており,かなり丁寧な説明が為されています。

 

取り上げられている事例の数が少ないので汎用性はそれ程高くありませんが,丁寧な説明が為されていますので,事実認定を鍛錬したい方には特にお薦めです。

 

 

加藤新太郎編『民事事実認定と立証活動 第I巻・第II巻』(判例タイムズ社,2009年)

本書は,高名な加藤新太郎判事を中心にした座談会の内容をまとめたものです。座談会のメンバーは司法研修所教官を経験したことのある著名な実務家がレギュラーメンバーで,テーマ毎にゲストスピーカーが招かれています。

 

座談会の内容をまとめたものですので,上記2冊に比べれば体系性は劣りますが,裁判官の着眼点や各裁判官が経験した印象的な事例などが豊富に紹介されています。特に事例の数は上記2冊より随分多いです。

 

座談会のテーマは,書証,報告文書,検証・鑑定,契約類型に即した事実認定など多岐にわたっています。

任官志望者や事実認定を鍛えたい方であれば,買って損は無いと思います。個人的にはとっても面白く,好きな書籍です。

 

 

 

特に書評は致しませんが,以上の書籍の他に,下記の書籍も有益です。配属部や弁護修習先によっては,下記書籍が役立つことも少なくないと思います。

 

裁判所職員総合研修所監修 『民事訴訟法講義案(再訂版)』(司法協会,2009年)

 

東京地裁保全研究会『民事保全の実務〔新版増補〕上・下』(金融財政事情研究会,2005年)

 

東京地方裁判所民事執行センター実務研究会『民事執行の実務 債権執行編[第2版] 上・下』(金融財政事情研究会,2007年)

 

東京地方裁判所民事執行センター実務研究会『民事執行の実務 不動産執行編[第2版] 上・下』(金融財政事情研究会,2007年)

※但し,保全・執行は地裁毎に取扱いが大きく違いますので,必ずしも上記書籍通りに実務が運用されているわけではありません。但し,上記書籍の影響力は大きいです。

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2009年2月18日 (水)

【憲法】 処分に関する違憲審査基準について・その2

 

今日は、処分に関する違憲審査基準の目的審査について、一言。

前回の記事から随分時間が経ってしまいましたが、 当ブログを御覧になってくださっている方々から暖かいご要望を頂戴いたしましたので、経年を気にせず(笑)、 書かせていただきたいと思っております。

 

尚、今回も相変わらず偉そうな論調で文章を書いておりますが、私は憲法の専門家では全くございません。

したがいまして、今回の記事も参考程度にご笑覧いただければ幸いですm(__)m。

 

 

 

■違憲審査の基本は比較衡量

そもそも、違憲審査基準という判断枠組みを用いて行われている作業は、要するに、比較衡量(利益衡量)です。

 

そして、

 

「違憲審査基準としての比較衡量とは、人権の制限によって得られる利益と、人権の制限によって失われる利益を比較衡量し、 前者が大きい場合には人権の制限を合憲とし、後者が大きい場合には人権の制限を違憲とする判断方法」 (野中俊彦ほか『憲法 I (第3版)』〔有斐閣、 平成13年〕242頁以下

 

を言います。

 

この比較衡量は”最大多数の最大幸福”という民主主義の基本構造に合致しており、直感的に分かりやすく、説得的な基準と言えます。

 

ジェレミ・ベンサム - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AC%E3%83%9F%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%A0

 

ですが、比較衡量には幾つかの問題があります。

 

第1に、そもそも人権(基本権)という権利は、多数決によっても侵し得ない権利である以上、 多数の者の幸福に資するからといって(比較衡量で是という結論が出たからといって)、直ちに人権制約を正当化し得るわけでありません。

芦部先生も、

 

「比較衡量論は……概して、国家権力の利益が優先する可能性が強い、 という点に根本的な問題がある」(芦部信喜『憲法 新版補訂版』 〔岩波書店、1999年〕 99頁

 

と述べられています。

 

 

第2に、この第1の問題をクリアしようとすれば、 比較対象となる2つの利益を共に同レベルのものにする必要があります。 換言すれば等価値の人権同士を比較衡量すれば第1の問題はクリアできるはずです。

しかし、

 

「得られる利益と失われる利益の大きさを比較するためには、 それぞれの利益を同じレベルで捉える必要があるが、何が同じレベルに属するかは常に自明というわけではない」(高橋和之『立憲主義と日本国憲法』〔有斐閣、平成17年〕113頁)。

 

という問題があります。

 

そして、これらの問題点を克服するために考え出されたのが、被制約権利の性質に応じた類型的な判断枠組みです。この判断枠組みの内容については様々な見解がありますが、 最大公約数的に述べれば、

 

(1)厳格な審査基準

(2)厳格な合理性の基準

(3)合理性の基準

 

という3つの基準が支持されています。

 

言うまでもなく、これら3つの判断枠組みの特徴は、公権力による人権制約の目的手段の2つの点に着目するという点にあります。

 

したがいまして、冒頭にも申し上げましたが、いわゆる目的・手段審査とは、比較衡量を適切に行うために類型化された審査に過ぎません。

 

 

 

■では目的審査では何が行われているのか?

では翻って考えるに、目的・手段審査の「目的審査」では一体、どのような思考処理が為されているのでしょうか?

 

この問題について、高橋先生は次のように明快に説明されます。

 

「目的審査においては、一方において、制限される人権の性格や重要性などが、他方において、制限によって得られる利益(政府利益と呼ばれる) の性格、重要性などが検討され、両者が比較衡量される。立法目的が憲法上許容されるもので、かつ、一定以上の重要性 (その程度は事件の類型に応じて異なりうる)をもつものであれば、目的審査はパスする。」(高橋・前掲114頁

 

そもそも、公権力による人権制限が為される理由は、一定の害悪の発生を防止するという点にあります。

要するに、公権力の行為の問題性は害悪発生を防止するという点にあるのではなく、 その害悪発生防止行為によって何かしらの人権が制約されるという点にあります。

 

そして、目的審査では、 この害悪発生防止行為の必要性を憲法的観点から見て判断するという作業が為されます

 

つまり、目的審査では、ある人権を制約してでも当該害悪の発生を防止することが、憲法的価値観から見て「必要不可欠(やむにやまれぬ) 」か、「重要」か、「正当」かという判断が為されます。

 

前回の記事でも書きましたが、例えば、都道府県が不衛生な飲食店に対して営業停止処分をしたとします。

この場合、都道府県は、客の生命・身体に対する侵害や病気の蔓延などという害悪を防止するために、営業停止処分を下し、 当該飲食店の営業の自由を制限しています。

 

したがいまして、この営業停止処分が合憲か否かを判断するためには、営業の自由を制約してでも客の生命・ 身体に対する害悪発生防止措置を採ることが「必要不可欠」or「重要」or「正当」と言えるかという判断を経る必要があります。

このような思考処理が為されるのが、目的審査です。

 

但し、前述のように、このような判断――いわゆる”裸の利益衡量”をそのまま行うことは困難です。

 

そのため、現在では一般に、被制約利益(上記の例では営業の自由)の性質に着目した類型的な処理が為されます。

そして、このような類型的処理の代表例が、いわゆる二重の基準論です。

 

 

 

■目的審査を的確に行うためには?

目的審査が上記のような

 

(1)対立利益を

(2)類型的に比較衡量する

 

判断枠組みであるとすれば、「誰のどのような利益と誰のどのような利益が対立しているのか」 という点を明らかにする必要があります。

 

学生の方の答案を拝見していると、この点が曖昧なまま議論を進められていることがあります。

 

もちろん、曖昧なままでも正確な論理を展開されているのであれば問題は少ないです。

しかし、対立利益の把握が曖昧な方は、対立利益とは無関係な事情をも考慮してその後の論理(特に手段審査の論理) を展開することが少なくありません。

 

ですから、まずは目的審査においては、対立利益の把握を心掛けてください。

 

つづく?

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2009年2月 5日 (木)

【公法】 一般的審査と個別的審査

 

※ まだ推敲の済んでいない粗雑な文章ですが、複数のご要望を頂戴いたしましたので、取り急ぎ公開いたします。今後、時々、 文章の修正が入ると思います(笑)。何か分かりにくい点などがある場合、ご指摘いただければ幸甚です。

 

 

 

今日は――と言っても法律論の記事を書くのは久々なのですが――、憲法・行政法・ 刑訴といった公法系の解釈に共通する判断構造について、一言。

 

ただ、これは私が法律学を学んでいく中で個人的に理解した事項に過ぎません。

私自身は今から申し上げるこの考え方で正しいと理解していますが、碩学の先生方からすれば 「全くもっておかしい(`Д´)! 」 という評価を加えられる危険性もあります。

 

以下の記事は、どうぞこの危険性を踏まえた上で(笑)お読みいただければ幸いです。

 

 

 

■憲法の法令審査と処分審査について

私は憲法学を専門にしている訳でありませんので、先端的な議論については寡聞にして存じ上げません (東大の長谷部先生のご著書は面白いので個人的に拝読しておりますが)。

したがいまして、以下の記述は、あくまで司法試験レベルの記述とご理解ください。

 

 

憲法の試験問題でよく出題される題材は、法令の合憲性を判断する問題です。

典型的な問題は「20XX年、国会で下記のような法律が制定された。この法律に含まれる憲法上の問題点について述べよ」 という問題です。

 

このような問題が出題された場合は、当該法律によって制約されている憲法上の権利・利益に着目した上で、 いわゆる違憲審査基準を定立して処理する、という作業が答案上に展開されることになります。

 

 

そして、ここで注意すべきは、このような法令審査(文面審査) においては、法令のテキスト(文言)、及び立法事実にのみ着目するという点です。

 

つまり、法令審査では個別具体的な事情――裁判において法廷で認定されるような事実(判決事実)――は考慮されない、ということです。

 

 

なぜならば、そもそも、法令審査(文面審査)とは

 

「当該事件の事実とかかわりなく法令そのもの、法令の文面において審査する方法」

 

だからです(佐藤幸治『憲法〔第3版〕』〔青林書院、平成7年〕 367頁)。

 

 

視点を変えて説明いたしますと、上記の

 

「20XX年、国会で下記のような法律が制定された。 この法律に含まれる憲法上の問題点について述べよ」

 

という問題こそが法令審査の特徴を端的に示しています。つまり、個別具体的な事情が無くても判断可能な審査、それが法令審査です。

 

※ 尚、あまり区別せずに用いられることも多いのですが、「○○審査」 という用語と、「○○違憲」という用語は本来、次元の違うもの(のはず)ですからご注意ください。

 「○○審査」という用語は、違憲審査の対象の範囲を示すもので、いわば”入口” を示すものです。

 他方、「○○違憲」という用語は、そのような審査を終えた結果として、 どの範囲で違憲の効力を発生させるかという範囲を示すもので、いわば”出口”を示すものです。

 ただ、実際には両者を区別せずに用いることも多いです。第3回新司法試験の考査委員採点実感第3回新司法試験の公法系の考査委員の先生方に対するヒアリングでも区別されていません。

 ですが、少なくとも思考の整理としては分けて考えた方が良いのではないかな、 と考えております。

 

 

そして、上記の法令審査とは対極の移置にあるのが処分審査(適用審査)です。

 

処分審査では、個別具体的な事件の事情(のみ) を考慮します (厳密に個別具体的な事情だけで判断しているのか、やや疑念があります。 理論的には個別具体的な事情だけを考慮すべきだと思います)。

 

 

つまり、処分審査とは、

 

「法令の適用関係に即して個々的に審査する方法」

 

を言います(前掲・佐藤367頁)。

 

 

したがいまして、第3回新司法試験のように、ある者に法令に基づいた処分が為された場合は、 少なくとも2つの観点から検討する必要があります。

 

即ち、第1に、そもそも当該法令が合憲か否かという法令審査を行う必要があります。

仮に法令が違憲であれば、違憲な法律に基づく処分も違憲ということになります(争いがありますが、伝統的には―― もっとぶっちゃけて言えば試験的には(笑)――このように考えられています)。

 

第2に、法令が合憲であるとしても、 当該事案における当該処分が合憲か否かという審査を行う必要があります。

 

 

この説明を致しますと、イメージが湧かないという指摘を受けることがありますので、具体例を申し上げます。

 

下記拙稿にも用いた例ですが、例えば、国公立高校の学生が特定の信条を有していること(だけ) を理由に学校教育法に基づき退学処分に付されたとします。

 

厳密に考えたことはありませんが、恐らく、学校教育法自体の合憲性は肯定されると思われます。

 

しかし、上記処分は違憲である可能性がかなり高いです。

なぜならば、上記処分は、特定の信条を有していることを理由としている点で、内心に留まっている限り絶対的な保障を与えられる思想・ 良心の自由(憲法19条)に反していると考えられるからです。

 

拙稿: 【憲法】 処分に対する違憲審査基準について・ その1
http://etc-etc-etc.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_bb13.html

 

 

上記の法令審査と処分審査の区別は、混乱しやすい箇所のようらしく、 第3回新司法試験のヒアリングでもある先生は次のように述べられています。

 

「第三に,今回の憲法の問題は適用違憲, 法令違憲が問題となってくるが,法令違憲と適用違憲のそれぞれの概念の理解ができていないという答案が多かった。 これはかなり基本的な概念であるにもかかわらず,例えば,問題に挙がっている個別的な事情, 事実だけを取り上げて法令違憲だという形の論述をするということは,本当に基本的な概念を理解できているのか疑問に思わざるを得ない。 何となく知っている『法令違憲』『適用違憲』といった言葉を振り回しているだけではないかと受け取られても仕方ないのではなかろうか。」

 

 

 

■刑訴の強制処分と任意処分について

次に、刑訴についてご説明いたします。

 

強制処分の定義については争いがありますが、判例の定式(井上正仁先生の分析)に従えば、

 

(1) 相手方の意思を制圧しているか

(2) 相手方の身体、財産、 住居などの重大な権利や利益を侵害しているか

 

がメルクマールになります(手近な文献で言えば、例えば井上正仁 「強制処分と任意処分の限界」『刑事訴訟法判例百選[第八版]』〔有斐閣、2005年〕5頁参照)。

 

そして、上記の(2)の要件の判断においては、憲法の法令審査と同じく、個別具体的な事情を考慮してはなりません

 

つまり、上記(2)の要件では、凡そ類型的に当該処分が有している法益侵害性を判断します。処分の態様などは(2) の要件では考慮いたしません。

 

 

理由は下記のとおりです。

 

ある処分が上記(2)の要件を充足すると判断されると、当該処分は、 原則として相手方の同意が無い限り令状主義や強制処分法定主義などの様々な規律に服することになります。

 

言い換えれば、当該処分はかなり厳格な規制に服することになります。

 

そして、この厳格な規制に服するか否かという判断は2つの観点から安定的に為される必要があります。

一方で、被処分者の観点からすれば、自己の重大な権利・利益を制約し得る処分に対しては、厳格な規制を一般的に及ぼす要請が生じます。

 

他方で、処分者(捜査機関)の観点からすれば、履践すべき手続を明確にするために、 厳格な規律に服するか否かという判断は可及的に画一的である要請が生じます(ここから先は私見ですが、上記(1)の要件の判断は”現場” でも可能、つまり流動的にしても構いませんが、上記(2)の要件の判断は”現場”では困難なので固定的にしておく必要があります)。

 

以上より、上記(2)の判断は一般的・類型的に為されることになります。

ちなみに、特に言及しておりませんが、任意捜査では逆に個別具体的な判断が為されます。

 

 

 

■行政法の羈束行為と裁量行為について

最後に行政法についてご説明いたします。

 

最初に定義を述べますと、羈束行為とは

 

「法律が要件・ 効果を完全に羈束(拘束)しているため裁量がなく、裁判所の審査が完全に及ぶ行為」

 

を言います(市川正人ほか編『ケースメソッド公法【第2版】 〔日本評論社、2006年〕』305頁〔山下竜一〕)。

 

 

他方、裁量行為とは、

 

「裁量権に基づいて行政機関が自分自身の政策的・行政的判断によっておこなう行為」

 

を言います(藤田宙靖『行政法入門〔第3版〕』〔有斐閣、2003年〕57頁)。

 

 

はじめにお断りいたしますと、行政法の羈束行為・裁量行為の判断構造は、今までに申し上げてきた法令審査・処分審査の判断構造や、 強制処分・任意処分の判断構造とはやや毛色が違います。

 

端的に言えば、それ程強い共通性があるわけではありません。以前の記事では若干筆が滑りました(笑)。

 

ただ、羈束行為では考慮すべき要素が法令によって限定されています。

確かに、羈束行為で考慮対象となる要素は一般的・類型的なものではなく、あくまで個別具体的な事実です。その意味で、 個別具体的な事実を一切考慮せず、一般的・類型的判断を行う法令審査や強制処分の判断構造とは異なります。

 

しかし、羈束行為では着目すべき個別具体的な事情が固定されています。

 

つまり、個別具体的な事情に着目するとはいえ、その着目範囲が狭いのです。

このように、考慮すべき個別具体的な事情の量が極めて少ないという点で、 個別具体的な事実を一切考慮しない法令審査や強制処分の判断構造とかなり類似している――”真空”での判断をしている―― と言い得るのではないかと思います(……正直、説明として苦しいかもしれません(笑))。

 

 

他方、裁量行為では法律によって考慮すべき事情の”密度”には差異があるものの(この”密度” の差が裁量審査の基準の違いに繋がります)、様々な個別具体的事情を検討対象に含めます。

 

このように個別具体的な事情を広汎に判断するという点で、裁量行為の判断構造は、 処分審査の判断構造や任意処分の判断構造と共通しています。

 

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2008年9月 9日 (火)

【信託法】 信託法を勉強する際のお薦め書籍

 

現在、法学教室で東大の道垣内弘人先生が「さみしがりやの信託法」を連載されており、学生の方々の間でも信託法の勉強熱が広がっている(?)のかもしれません。

 

とは言え、六法や行政法に比べれば、信託法はマイナーな科目です。

そのため、例えば民法における内田貴先生の『民法I~IV』のように初学者が勉強するための定番の基本書が存在する訳ではありません。

 

この結果、信託法を勉強しようとする方は、いわば”手探り”状態で勉強せざるを得ない状況にあります。

そこで、今回は、信託法を勉強する際に役立つと思われる書籍――但し、私の独断と偏見に基づきます(笑)――をご紹介したいと思います。

 

 

■最初に1冊だけ読むなら

向学心に溢れ、信託法の書籍を大量に購入するのであれば別ですが、「とりあえず1冊買って勉強してみたいな」と思われるのであれば、東大の樋口範雄先生の『入門・信託と信託法』(弘文堂、平成19年)がお薦めです。

 

 

誤解しないで頂きたいのですが、向学心に溢れる方に対しても、この本はお薦めです(笑)。

むしろ、信託法を初めて学ぶのであれば、この本が今のところ最適ではないかと私は思います。

 

そもそも、現在の信託法の基礎はイギリスで生まれ、その後、信託法は英米法体系の国々で発展しました。

したがいまして、信託法の原理・原則は英米法に由来するものです。

 

樋口先生はこの英米法をご専門にされる先生でして、本書ではその該博な知識を基にして、信託法の基本的な考え方を非常に分かりやすい文章で書かれています。

 

そして、本書の特徴は、この2点にあります。

即ち、本書の特徴は、

 

(1)英米法と比較しつつ、わが国の信託法の原理・原則を説明している点

(2)非常に分かりやすい文章で書かれている点

 

にあります。

 

まず、特徴(1)は初学者にとって大変好ましいものだと思われます。

なぜならば、初学者段階において、まず理解すべきは当該法律の原理・原則だからです。この原理・原則の正確な理解無くして、同法の的確な応用は不可能です。

 

次に、特徴(2)が初学者に好ましいことは言うまでもありません。

本書は帯によれば、東大の樋口先生の講義をベースにしたもの(?)のようでして、そもそものベースが初めて信託法を学ぶ学生の方を対象とされています。そのため、文章は平易で、かつ論理的なものになっています。

 

ところで、どの法分野でも同じことだと思いますが、現在の法制度という言わば”結論”だけを学ぶ作業は砂を噛むような行為であり、率直に申し上げて面白くありませんし、記憶し辛いものです。

 

しかし、本書では、信託という制度がどうして発生し発展して行ったかという英米の歴史から説明されており(と言っても、歴史に関する記述は必要最低限の分量に圧縮してあり、ダラダラと書き連ねてある訳ではありません)、信託法の理解が楽しく、また記憶しやすいものになっています

 

 

とは言え、本書は題名にもありますように、あくまで入門書でしかありません。

そのため、現行信託法の内容に関する情報量はそれ程多いものではありません。

 

これは、原理・原則を理解させるという入門書の役割を実現したが故の結果であり、決して問題点ではありません(一般に、「何を書くべきであり」・「何を書くべきでないか」という選択を適切に実行し得る方は大変な実力者であり、樋口先生はその意味で非常に優れています)。

ですが、信託法を本格的に学ぶのであれば、別の書籍を読む必要があります。

 

 

 

■次に読むなら

『入門・信託と信託法』の次に読むのであれば、以下の3冊がお薦めです。

 

道垣内弘人『信託法入門』(日本経済新聞出版社、日経文庫1117、2007年)

井上聡『信託の仕組み』(日本経済新聞出版社、日経文庫1115、2007年)

大橋和彦『証券化の知識』(日本経済新聞出版社、日経文庫837、2001年)

 

いずれも日本経済新聞出版社から出されている新書です。

 

 

道垣内先生の『信託法入門』は、道垣内先生らしい分かりやすい文章で現行信託法の制度を説明しています。

 

ただ、情報量に比して紙幅が狭かったせいか、いつもの道垣内先生の軽妙洒脱さは影を潜めています(軽妙洒脱さを求められるのであれば、法学教室の連載の方が良いです(^^;))。誤解を恐れずに言えば、本書の記述は的確かつ分かりやすい文章ではありますが、若干淡々としている嫌いがあります。

その為、特に強い動機に裏打ちされていない全くの初学者の方が本書から勉強を始められると、中には挫折してしまう方もおられるかもしれません。

 

ですが、既に樋口先生の『入門・信託と信託法』を読了しているならば、原理・原則は理解できているはずなので、『信託法入門』も比較的簡単に読み進められるのではないかと思います。

 

 

『信託の仕組み』は、長島・大野・常松法律事務所の井上先生が書かれたものであり、信託法が実際の社会でどのように用いられているかが分かりやすく説明されています。抽象的な知識を立体化するのに役立つと思います。

 

もっとも、当たり前のことですが、本書も信託法に関する書籍であるため、道垣内先生の『信託法入門』と記述が重複する部分もあります。

ですが、その部分は学者も実務家も必要と判断した情報ということですから、読み飛ばすのではなく、むしろ、じっくりと読まれると信託法の理解が堅実なものになるのではないかと思います。

 

 

一橋の大橋先生が書かれた『証券化の知識』は信託法に関する書籍ではありません。

ですが、信託法と証券化は密接に関連していますし、信託法を学ばれる学生の方は証券化にあまり詳しくない方もおられるのではないかと思い、紹介させて頂きました(信託法の書籍では、証券化の知識を前提とした記述が登場することが少なくありません)。

 

本書は証券化の仕組みを――新書では珍しく――図を駆使して説明しており、平易な記述と相俟って、非常に分かりやすい証券化の入門書となっています。

 

そして、現在では証券化は金融の世界では常識レベルの情報ですから、信託法に興味の無い方にも本書はお薦めです。

 

 

 

■更に本格的に勉強するなら

更に本格的に勉強するのであれば、以下の2冊がお薦めです。

 

村松秀樹ほか『概説新信託法』(金融財政事情研究会、2008年)

寺本昌広『逐条解説新しい信託法 〔補訂版〕』(商事法務、2008年)

 

と言いましても、信託法に関する書籍は沢山存在していますので、他にも優れたものはございます。特にご自身の勉強目的によっては上記書籍はお役に立たない場合もあるかと思います。

 

したがいまして、ご購入の際には書籍で立ち読みした上で決められても良いかと思います。

 

 

 

■リンク

いとう Diary ~ academic and private:新しい信託法の入門書2冊
http://blog.livedoor.jp/assam_uva/archives/51213336.html

伊藤先生が、上記の道垣内先生の『信託法入門』と樋口先生の『入門・信託と信託法』について紹介されています。

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2008年7月30日 (水)

【民法】 平成20年旧司法試験 第1問小問2 参考解答例?

 


※ 文意がとりにくい不適切な記述が一部ございましたので、加筆・訂正致しましたm(v_v)m。


 


 


"http://etc-etc-etc.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/20_11af.html">前回に引き続き
今年度の旧司法試験・民法第1問・小問2の参考回答例を作成してみました。


 


そして、前回も申し上げましたが、浅学非才の私が作成した参考回答例ですので、 "#0000FF">どこに間違いや矛盾が潜んでいるか分かりません
(間違いや矛盾にお気づきになられた方は、こっそり教えて下さい(笑))。


 


また、あくまで「参考」のための資料ですので、過剰な論証・記述がしてあります
実際の答案でこのような長々とした論証・記述をする必要はございません。


 


更に、「答案」としての形式をとっていますので、複数の見解や構成が存在する場合でも、1つの見解・構成に立脚した記述をしています。
当然のことではありますが、他の見解や構成に基づく答案は存在しますし、
そちらの方が拙稿よりも遥かに説得力を持っている可能性は高いです(^^;)。


 


どうぞ、これらの点を踏まえられた上で、ご覧くださいませ。
拙稿が学生の方や受験生の方々のお役にわずかなりとも立てば大変光栄に存じます。


 


 


 


"FONT-SIZE: 1.2em; COLOR: #0000ff">■問題


Aは,工作機械(以下「本件機械」という。)をBに代金3000万円で売却して,引き渡した。この契約において,
代金は後日支払われることとされていた。本件機械の引渡しを受けたBは,Cに対して,本件機械を期間1年,賃料月額100万円で賃貸し,
引き渡した。この事案について,以下の問いに答えよ。


 


小問1


その後,Bが代金を支払わないので,Aは,債務不履行を理由にBとの契約を解除した。この場合における,
AC間の法律関係について論ぜよ。


 


小問2


AがBとの契約を解除する前に,Bは,Cに対する契約当初から1年分の賃料債権をDに譲渡し,BはCに対し,
確定日付ある証書によってその旨を通知していた。この場合において,AがBとの契約を解除したときの,AC間,
CD間の各法律関係について論ぜよ。


 


 


 


"FONT-SIZE: 1.2em; COLOR: #0000ff">■解答例


"FONT-SIZE: 1.2em">第2小問2について


1. 本件では、AC間の法律関係、およびCD間の法律関係が問われている。以下では、論述の便宜上、 "#0000FF">(1)AのCに対する所有権に基づく物権的返還請求権、(2)DのCに対する賃料債権、(3)
AのCに対する不当利得返還請求権
の順に論じる。


 


 


2.AのCに対する所有権に基づく物権的返還請求権について

本件Aは、AB間の契約解除後に、Cに対して本件機械の所有権に基づく物権的返還請求権を行使するものと考えられる。


そして、小問1で述べたように、Cは「第三者」(545条1項ただし書)に当たらない。また、他の抗弁は認められない。


よって、AのCに対する所有権に基づく物権的返還請求権は認められる。


 


 


3.DのCに対する賃料債権について

本件Dは、Bから、Cに対する本件機械に関する賃料債権1年分を譲り受けている。したがって、
DはCに対して当該賃料債権の弁済を請求するものと考えられる。


そして、譲り受けた賃料債権の弁済を請求するためには、(1)
当該賃料債権が発生していること、(2)当該賃料債権を譲り受けていること、(3)抗弁の対抗を受けないこと(468条参照)、
が必要である。


では、本件Dは、上記の2つの要件を充足し、Cに対して賃料債権の弁済を請求することができるのか。以下、検討する。


 


 


4.要件(1):債権の発生について

本件Dは、BからCに対する本件機械に関する賃料債権1年分を譲り受けている。しかし、
本件では譲渡時に賃料債権が全て発生していたか否かが明らかではない。そこで、以下、場合分けして論じる。


 


(1)譲渡時において、
契約当初から1年が既に経過していた場合(既発生の賃料債権のみが譲渡された場合)


この場合、Cは1年間、本件機械を「使用及び収益」(601条)している以上、 DがBから譲り受けた賃料債権は全て発生していると言える。


 


よって、この場合は要件(1):債権の発生を満たす。


 


(2)譲渡時において、契約当初から1年が経過していない場合
(将来債権を含めて譲渡された場合)


この場合、DがBから譲り受けた債権の中にはCの「使用及び収益」が認められず、未だ発生していないものが含まれる。


 


そして、 前述のように本件では、Aが、
AB間の契約解除後にCに対して所有権に基づく物権的返還請求権を行使し、 それが認められるものと考えられる。そのため、本件では、
AがCに対して物権的返還請求権を行使した時点でBC間の賃貸借契約は履行不能となる。この結果、継続的契約という賃貸借契約の特殊性から、
同時点でBC間の賃貸借契約は終了すると考えられる。


 


したがって、
AがCに対して物権的返還請求権を行使した時点以後の賃料債権は発生していない。


 


よって、この場合は、
契約当初からAがCに対して物権的返還請求権を行使するまでの間の賃料債権のみ、要件(1): 債権の発生を満たす。


 


 


5.要件(2):債権の譲受けについて


(1)集合債権譲渡の当否

本件Dは、BからCに対する本件機械に関する賃料債権1年分を譲り受けている。


では、このようなBD間の集合債権譲渡は許され、要件(2):
債権の譲受けを満たすのか。 本件では集合債権譲渡の時期が不明なので、以下、場合分けして論じる。


 


(2)譲渡時において、
契約当初から1年が既に経過していた場合(既発生の賃料債権のみが譲渡された場合)


ア. この場合、本件BはDに対して単なる集合債権譲渡を行っている。


 


では、このBD間の集合債権譲渡は許されるのか。集合債権譲渡の可否について、
明文が無いために問題となる。


 


イ. そもそも、集合債権譲渡自体は単なる債権譲渡の集合体に過ぎない。
したがって、 当該集合債権譲渡が譲受人の抜駆的債権回収に該当するなどといった公序良俗(90条)に抵触する場合でなければ、
集合債権譲渡は許されると考えられる。


 


ウ. 本件では、Bの債務不履行の理由は明らかでないものの、
Dが他の債権者から抜け駆けて脱法的に自己の債権を回収したという事情は認められない。


 


よって、BD間の集合債権譲渡は許され、要件(2):
債権の譲受けを満たすと考えられる。


 


(3)譲渡時において、契約当初から1年が経過していない場合
(将来債権を含めて譲渡された場合)


ア. この場合、本件BはDに対して将来債権を含めた集合債権譲渡を為している。


では、この将来債権を含めた集合債権譲渡は許されるのか。
将来債権譲渡の可否について、明文が無いために問題となる。


 


イ. 確かに、
将来債権譲渡契約は未だ発生していない債権を対象とするものであり、不安定な権利を目的とする契約である。 そのため、
対象たる債権の発生可能性が十分に無い契約は契約の有効性を欠き、無効になるとも思える。


 


しかし、
契約の当事者が債権不発生のリスクを踏まえた上で敢えて契約を締結したのであれば、
当該将来債権を含む債権譲渡を無効と解する必要性は原則として無い。


 


なぜならば、
契約不発生のリスクは当事者間の契約責任の追及によって清算することができるからである。もっとも、
当該債権譲渡が抜駆的債権回収に該当するなどといった公序良俗に抵触する場合には、例外的に当該将来債権譲渡は許されないと考えられる。


 


ウ. 本件では、
BD間で適法にリスク配分をした上で将来債権を含む集合債権譲渡が行われたものと考えられる。また、本件では、
Bが有するCに対する賃料債権のうち、1年分(合計1200万円)という比較的短期間、 かつ多大でない金銭債権がDに譲られたに過ぎない。
したがって、Dが、Cに対する債権を抜駆的に回収したという事情は認められず、 公序良俗違反は無いと考えられる。


 


よって、BD間の集合債権譲渡は許され、要件(2):
債権の譲受けを満たすと考えられる。


 


(4)要件(2):
債権の譲受け充足の有無


上記検討の結果、本件賃料債権は集合的にBからDへと譲渡されている。また、
当該集合債権譲渡はAB間の売買契約解除による影響を受けない。


よって、本件Dは要件(2):債権の譲受けを満たす。


 


 


6.要件(3):抗弁の対抗を受けないについて


(1)
「通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」の意義


ア. 上記のようにBD間の債権譲渡が有効であるとしても、本件では債権譲渡後にAB間の売買契約が解除された結果、
本件機械の所有権はAに遡及的に帰属しており、本件機械の財貨としての効用はAに帰属するものとも考えられる。


 


そして、本件Cは、小問1で述べたように、AB間の売買契約解除の影響を受け、
Aからの不当利得返還請求権を行使され得る地位にある。


 


したがって、本件では、AB間の売買契約解除の効果がCに及んでいる結果、
Cに対して本件機械の(実質的)使用料を請求しうる者がAとDの2人存在することになる。


そのため、Cは、Dの賃料支払請求に対して、
AB間の売買契約解除に基づく二重弁済の危険を理由として支払拒絶の抗弁(559条、576条、601条)を主張するものと考えられる。


 


では、Cは、この解除に基づく支払拒絶の抗弁を
「通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」(468条2項)としてDに主張することができるか。
「通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」の意義が問題となる。


 


イ. そもそも、468条2項の趣旨は、
通知という譲渡人の一方的行為によって債務者が害されることを防止する点にある。とすれば、「通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」
とは、「通知を受けるまでに抗弁発生の基礎が存在していた事由」を意味すると考えられる。


 


なぜならば、抗弁が具体的に発生していなければ
「通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」として認められないとすると、
譲渡人が一方的に左右できる通知時点によって債務者の防御手段の有無が決まってしまうことになり、468条2項の趣旨に反するからである。


 


ウ. 本件では、本件機械の代金3000万円が後日支払いとなっており、かつ、
その代金未払いがAB間の解除原因となっているものと考えられる。とすれば、CがBから債権譲渡の通知を受けた時点で既にAB間の契約解除
(および解除に伴う賃料債権の実質的譲渡)を生じるに至るべき原因が存在していたと言える。したがって、Cの支払拒絶の抗弁は、
「通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」に当たる。


 


よって、Cは、解除に基づく支払拒絶の抗弁は
「通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」(468条2項)であるとしてDに主張することができる


 


(2)Dの「第三者」該当性

ア. しかし、たとえCがAB間の売買契約解除に基づく本件賃料債権のAへの実質的帰属をDに主張し得るとしても、
本件Dは解除前に債権をBから譲り受けている。


そのため、Dは「第三者」(545条1項ただし書)に当たり、Cは、
Dに対しては解除による本件賃料債権のAへ実質的帰属、および、それに伴う二重弁済の危険を主張できないのではないか。「第三者」
の意義が問題となる。


 


イ.  "http://etc-etc-etc.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/20_11af.html">小問1で述べたように
「第三者」とは、解除にされた契約の効果について解除前に新たに利害関係を有するに至った者で、権利保護要件を備えた者を言う。


 


ウ.本件では、Dは、
Bから本件機械についての賃料債権をAB間の契約解除前に譲り受けている。そして、この賃料債権は、
本件機械の所有権が本件売買契約によってAからBに移転していなければ他人物賃貸借契約に基づく債権となってしまう可能性がある。
したがって、本件Dは、AB間の売買契約が解除されてしまうと、自己が譲り受けた賃料債権が他人物賃貸借に基づくものになってしまい、
担保責任(559条、560条、601条)の影響を受ける危険性があるという点で、
解除された契約の効果について解除前に新たに利害関係を有するに至った者と言える。


 


また、本件では、
債権譲渡人であるBがCに対して確定日付ある証書によって通知をしているので、債権譲渡についての債務者対抗要件(467条1項)、
および第三者対抗要件を備えたと言える(467条2項)。したがって、Dは、民法上自己の債権譲受行為を保護される地位に立っており、
債権譲受人として為すべきことをBを通じて為したと評価できるので、権利保護要件を備えていると言える。


 


したがって、本件Dは「第三者」に当たり、
AB間の売買契約解除によってその利益を害されることはない。


 


よって、Cは、Dに対しては解除による本件賃料債権のAへ実質的帰属、および、
それに伴う二重弁済の危険を主張できないので、要件(3):抗弁の対抗を受けない、を満たす。


 


 


7.以上より、本件Dは、要件(1):債権の発生、要件(2):債権の譲受け、要件(3):抗弁の対抗を受けない、
をそれぞれ満たすので、Cに対して既に発生している賃料債権の弁済を請求することができる。


 


 


8.AのCに対する不当利得返還請求権について

上記のように、Dは、Aの解除による影響を受けない「第三者」(545条1項ただし書)である。


 


したがって、Aは、Dとの関係ではAB間の売買契約解除を主張することができない。そのため、Aは、自己が本件機械の所有権者であり、
本件において発生している機械の賃料分の財貨の帰属主体であるとDに主張することはできず、賃料分の財貨はDに帰属すべきものと評価される。


 


よって、Aは、Cの本件機械の使用によって「損失」(703条)を受けたとは言えないので、
AのCに対する不当利得返還請求権は認められない。

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2008年7月27日 (日)

【民法】 平成20年旧司法試験 第1問小問1 参考解答例?

 

※ 文意がとりにくい不適切な記述が一部ございましたので、加筆・訂正致しましたm(v_v)m。

 

今年の旧司法試験の民法第1問・小問1の参考解答例を作成してみました(長くなりすぎましたので、小問2は別稿で掲載させて頂きます)。

 

とは言え、あくまで「参考」に過ぎないものですし、完璧な答案であるとは到底言えません。

 

そもそも、本当に学生の方や受験生の方の参考になるかも疑わしいものです。間違いがどこに潜んでいるか分かりません。その点を踏まえられた上でご笑覧下されば幸いに存じます。

 

尚、以下の解答例では、参考のために過剰な論証がしてあります。したがいまして、実際の答案でこのような長々とした論証をする必要はございません。

 

司法試験をはじめとする各種試験で必要なことは、自分が知ってることを書き出すことではなく、問題解決に必要十分な記述を展開することです。その観点から致しますと、下記解答例は大変低い評価になるものと考えられます(笑)。

 

 

 

■問題

Aは,工作機械(以下「本件機械」という。)をBに代金3000万円で売却して,引き渡した。この契約において,代金は後日支払われることとされていた。本件機械の引渡しを受けたBは,Cに対して,本件機械を期間1年,賃料月額100万円で賃貸し,引き渡した。この事案について,以下の問いに答えよ。

 

1  その後,Bが代金を支払わないので,Aは,債務不履行を理由にBとの契約を解除した。この場合における,AC間の法律関係について論ぜよ。

(小問2は省略)

 

 

 

■解答例

第1 小問1について

1.AのCに対する請求

本件Aは、AB間の売買契約を解除して、同契約からの解放を望んでいる。とすれば、AはAB間の売買契約が無かったならば存在するはずの状態への復帰を望んでいるものと考えられる。

 

したがって、Aは、Cに対して、本件機械についての所有権に基づく物権的返還請求権(明文なし。但し、202条「本件の訴え」参照)、および、本件機械の利用料金についての不当利得返還請求権(703条)を行使するものと考えられる。

以下、それぞれ、検討する。

 

 

2.AのCに対する所有権に基づく物権的返還請求権について

AがCに対して所有権に基づく物権的返還請求権を行使するための要件は、(1)Aが本件機械の所有権を有していること、(2)Cが本件機械を占有していること、である。

そして、本件ではCが本件機械を占有している。したがって、(2)の要件を満たす。

 

(1)Aが本件機械を所有しているかについて
では、Aは、(1)の要件を満たすか。

 

ア.売買契約における所有権移転時期について
(ア) 本件Aは代金後日払いの特約の下で本件機械をBに売却しているものの、BC間の賃貸借契約成立後、AB間の契約を解除(545条)している。では、そもそも、Aは代金後日払い特約が付された本件売買契約で本件機械の所有権を失っているのか。売買契約における所有権移転時期が、不明確であるために問題となる。

 

(イ) この問題について、176条は「当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる」としている。とすれば、文理上、売買契約における所有権移転時期は原則として当事者の意思によって契約の効力が生じた時点、即ち、契約の成立時であると考えられる。また、このように解しても、特約という形の意思表示による修正の余地がある以上、問題は無いと考えられる。

 

(ウ) 本件では、代金こそ後日支払いをする旨の特約があるものの、所有権移転時期に関する特約は無い。したがって、所有権移転時期は、原則どおり契約成立時であると考えられる。よって、Aは、本件売買契約で本件機械の所有権を失っている。

 

イ.解除の効果について
(ア) 本件Aは、BC間の賃貸借契約成立後、AB間の売買契約を解除している。では、Aは、本件解除によってAB間の売買契約が遡及的に無効になり、本件機械の所有権を遡求的に取得したと言えるか。解除の効力について明文が無いために問題となる。

 

(イ) 620条は賃貸借契約の解除について、特に将来効である旨を示している。とすれば、同条の反対解釈として、解除は一般的に遡及するものと民法は予定している考えられる。したがって、契約が解除されると、同契約は遡及的に無効になると考えられる。

 

(ウ) 本件では、AB間の売買契約が解除されているので、Aは、AB間においては、遡及的に本件機械の所有権を取得したと言える。

 

ウ.Aが所有権をCに主張できるかについて
(ア) 本件では、AB間の売買契約解除前に、Bが本件機械をCに賃貸している。では、Cは「第三者」(545条1項ただし書き)に当たり、AはCに解除に基づく遡及的所有権取得を主張することはできないのではないか。「第三者」の意義が不明確であるために問題となる。

 

(イ) 上記のように解除の遡及効を認める私の立場からすれば、本条の趣旨は、解除に基づく遡及効によって第三者の利益が害されることを防止する点にあると考えられる。とすれば、「第三者」とは、解除にされた契約の効果について解除前に新たに利害関係を有するに至った者を言うと考えられる。もっとも、解除権者には取消権者と異なり帰責性が認められないので、解除権者保護の見地から、「第三者」と言うためには、権利保護要件の具備が必要であると解する。

 

(ウ) 本件Cは、AB間の売買契約解除前に、BC間で賃貸借契約を締結している。したがって、解除前に本件機械について賃借権という利害関係を有するに至っていると言える。

しかし、Cは、本件賃貸借契約について権利保護要件を具備していない(現行民法は動産賃貸借契約の権利保護要件を用意していない)。したがって、Cは「第三者」に当たらないので、Aは、Cに解除に基づく本件機械所有権の遡及的取得を主張することができる。

 

以上より、Aは(1)Aが本件機械の所有権を有していること、という要件を満たす。

 

 

(2)抗弁について

ア.対抗要件の抗弁について
Cは対抗要件の抗弁(178条)を主張して、解除による復帰的物権変動に基づくAの所有権取得を否定することはできない。理由は以下のとおりである。CはAとの関係では遡及的に自己の占有権原を失っている以上、CはAとの関係では無権利者である。したがって、Cは「引渡し」の欠缺を主張するにつき正当な利益を有しておらず、「第三者」に当たらない。

 

イ.留置権の抗弁について
Cは、Aから所有権に基づく物権的返還請求権の行使を告知された時点で、CのBに対する賃借権が履行不能になったとしてBに対する損害賠償請求権(415条)を取得する。そのため、Cは留置権の抗弁(295条以下)を主張するとも考えられる。しかし、同債権と本件建物の間には牽連性が認められないので、留置権は成立しない。

 

 

(3)結論

以上より、AのCに対する本件機械についての所有権に基づく物権的返還請求権は認められる。

 

 

3.不当利得返還請求権について
(1) 本件Aは、Cとの関係において遡及的に所有者たる地位を回復しており、Cが本件機械を使用していた間も所有者であったと評価される。では、Aは、Cが本件機械を不当に使用していたとして不当利得返還請求(703条)をすることができるか。

 

(2)Cが賃料を全てBに支払っていた場合
この場合、Cは「他人の財産……によって利益を受け」たとは言えない。よって、AのCに対する不当利得返還請求をすることはできない。本件機械の使用に関しては、AB間の原状回復義務の履行として処理されるべきである(545条2項参照)。

 

(3)Cが賃料の一部、または全部をBに支払っていない場合
この場合、Cは「法律上の原因」無くして、Aの所有物である本件機械を利用し、その「利益」を享受したと言える。そして、この利用行為によって本件機械の損耗などの「損失」をAに与えたと言え、Cの利益とAの損失の間には因果関係が認められる。よって、Aは、不当利得返還請求をすることができる。

 

つづく

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2008年7月11日 (金)

【法律学の基礎】 法的知識を記憶する場合の4つのポイント

 

今日は、法的知識を記憶する場合のポイントについて、一言。

 

と言っても、私は理系出身の科学者ではございません。

あくまで市販されている書籍の記述を基に、法律学の勉強をする場合の記憶の仕方について、一言申し上げるだけです(^_^;)。

 

関連する拙稿: 【法律学の基礎】 答案の書き方
http://etc-etc-etc.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_1ef9.html

 

 

 

■01.理解してから記憶する

法律学は膨大な知識を必要とする学問です。

 

条文や制度に始まり、判例、通説、有力説、少数説、特殊概念など様々なことを覚えて初めて現実の紛争に立ち向かっていくことができます。

 

法曹になろうと思うのであれば、このような作業を少なくとも6科目について行う必要があります。

そして、抜群の記憶力を誇るごく一部の方を除いて、この6科目分の量の情報を記憶することは容易ではありません。

 

※ 余談ですが、私の高校時代の先輩にこの例外の方がおられました。全国的に見ても極めて優秀な能力の持ち主で、高校時代のほとんどの授業の黒板記載事項を思い出すことができると仰っていました。案の定、東大3回生のときに1発で司法試験に合格されていました。丙案が存在する以前のお話です。

 

そのため、法律学の先生方は、しばしば「丸暗記するのではなく理解して記憶すべき」と指導されます。

また、我妻先生も、勉強をする際には繰り返しよりも理解に重点を置かれていたようです

 

この「理解して記憶する」という方法の重要性は科学的にも裏付けられているようでして、東大の池谷先生は次のように述べられています。

 

「歳をとって、エピソード記憶が発達してくると、丸暗記よりも、むしろ論理だった記憶能力がよく発達してきます。ものごとをよく理解して、その理屈を覚えるという能力です。当然、勉強方法もそうした方針に変えていく必要があります。この努力を怠ると、もはや効率的な学習はできません。」(池谷裕二『記憶力を強くする』〔講談社、ブルーバックスB-1315、2001年〕190頁。尚、引用文の太字部分は、原典では傍点部分)。

 

エピソード記憶 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%94%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%89%E8%A8%98%E6%86%B6

勉強法完全攻略!
http://www.progrise.com/s-memory.html

 

 

この理解して記憶するという作業で重要な部分は、もちろん、理解するという箇所です。

 

ですから、記憶をする際には、ご自分がそこを理解しているかどうかを確認することが重要ではないと思います。

 

ご自分が理解しているかどうかを確認する方法としては、東大の道垣内弘人先生が以前仰っていたことですが、

 

「その記憶事項について何も知らない人(素人)に1から説明できるか」

 

を確認されてみてはどうかと思います。

 

例えば、大学の先生になったつもりで、ご自分の頭の中で仮想授業をしてみてはいかがでしょうか。下らない方法かもしれませんが、個人的には案外有効な方法だと思っております。

 

 

 

■02.使える記憶としてインプットする

法律学の知識をインプットするための方法には様々なものがあります。

授業での先生のお話を記憶する、基本書の記述を記憶する、ゼミでの議論を記憶する……など、色々あります。

 

ですが、それらの情報を実際に用いることができなければ、記憶するという作業の意味は半減してしまいます

 

例えば、基本書を読んで当該論点を理解したとしても、記憶していなければ意味がありません。

 

■01.で述べたことと矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、 理解することと記憶することは次元の違う話です

 

例えば、人は誰しも日常会話において相手の発言の意味を理解しています。

ですが、では、相手の発言内容を常に正確に記憶しているか? と問われれば、そうではないと思います。

 

「私たちの脳は、見た情報、聞いた情報をとりあえずすべて記憶するようにできています。そのため、覚えたつもりのないことでも、同じ情報をもう一度みたとき、聞いたときに、『あ、これ知っている』と分かったり、ふとした拍子にそれを思い出したりする。ところが、意識的に脳に入力されていない情報は、思い出したいときに思い出すことができません。つまり、自分の記憶でありながら、自由に使える記憶にはなっていないのです。」(築山節『脳が冴える15の習慣』〔日本放送出版協会、 2006年〕113頁)。

 

したがいまして、基本書などで情報に接した場合には、 記憶するという作業を意識的に行う必要があります

 

 

そして、その場合の記憶は、「使える」形にしておくべきです。

この記事をご覧になっている方は学生の方が少なくないと思いますが、学生の方に即して言えば、試験で「使える」記憶になっていない記憶は、その有用性を著しく失います。

 

どのような形が、自分にとって「使える」ものかは人それぞれですが、典型的なものとしては、いわゆる論証カードというものがあります。

 

論証カードは、予備校教育の弊害のように言われていますが(それを否定しがたい面も勿論ありますが)、その主たる弊害は、思考を停止して闇雲に記憶に走ってしまうという点にあります。

 

自己の理解を表現しやすい形(=使える形)で記憶するために論証カードを用いることは、効率的な方法の1つだと私は考えています。

 

築山先生も次のように仰っています。

 

「また、会議が終わった後には、内容を自分なりにまとめ、メモ程度にでも書いておくといいでしょう。使える記憶になりやすくなります。」。

 

「レジュメなどを見れば概要は書いてあると言っても、それはあくまで他人の脳の中にある言葉です。他人の知識を自分のものにするには、書いたり話したりして、自分で出力する機会をつくる必要があります。」(以上につき、前掲・築山119頁)。

 

 

 

 

■03.睡眠を挟む

現在の脳科学によれば、睡眠には次のような効能があるそうです。

 

「現在の脳科学の見解によれば、夢は情報を整え、 記憶を強化するために必須な過程であるとされています。記憶は夢を見ることで保存されるのです。つまり、寝ることは、ものごとをしっかり覚えるための大切な行為なのです。」(前掲・池谷212頁。引用太字部分は、原典では傍点部分)。

 

「さまざまな記憶データをニューロンのネットワークに織り込むという作業は睡眠中に行われ、それが睡眠の役割の1つだとも言われている。」(Tom Stafford,Matt Webb『Mind Hacks ――実験で知る脳と心のシステム』〔オライリー・ジャパン、2005年〕346頁

 

そうであれば、この睡眠を学習に利用しない手はありません。

池谷先生は、このことを端的に指摘されています。

 

「一日に六時間まとめて勉強するくらいなら、二時間ずつ三日に分けて勉強したほうが、途中に睡眠が入るため能率的に習得できるということです。」(前掲・池谷213頁)。

 

 

そして、この睡眠による記憶を効率的に利用するためには、睡眠前に必ず行う作業の過程で情報に触れるようにするべきです。

 

例えば、就寝前に歯を磨かれる方であれば、歯を磨く空間の傍に記憶すべき情報を記した紙を貼っておいても良いかもしれません。

同様に、就寝前にお手洗いに行く方であれば、お手洗いのドアに記憶すべき情報を記した紙を貼っておいても良いかもしれません。

 

この場合、貼っておく紙に記しておく情報は、前述のように「使える形」で記しておく必要があります。

 

 

 

■04.覚えているかどうか「身体」で確認する

京大の松岡先生もご指摘されていますが、概念を正確に理解することは法解釈では非常に重要です。

同様に、概念を正確に記憶しておくことも非常に重要です。

 

学生の方の答案を拝見している思うのですが、ある概念の説明が非常に正確に為されている答案と、だいたいは正しいがやや不正確な説明しか為されていない答案とでは印象がかなり異なります。

 

正確に申し上げれば、正確な説明ができている方は答案全体の内容が堅実・的確なものであることが多く、説明がやや不正確な方はやはり答案全体の内容もやや不十分であることが多いように思います。

 

そうであれば、法的知識の記憶は正確に行う必要があります(と言っても、いわゆる論証を一言一句正確に覚えるべきと言っているわけではありません。誤解な無きよう)。

 

この観点からすると、せっかく記憶するのであれば、曖昧な記憶を排除する必要があります。

言い換えれば、「覚えた気」になっていてはいけません

 

そして、多くの人は、文章を読んだだけでは情報を正確に記憶することはできません。

 

築山先生が指摘されているように、必ず、音読したり、書いたりすることによって、自分の脳内の情報を外部に出力し、五官で確認すべきです

 

そして、この確認を元に、脳内の情報を修正し、改善していくことによって、自分の記憶はより正確になっていきます。

 

この方法は、原始的で迂遠な方法かもしれませんが、古人曰く、

 

「急がば回れ」

「学問に王道なし」

 

です。

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